ウグの里帰り。クズの親孝行。

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 私と鏡の魔女の魔法でウグを懐かしい実家へ送り出したのは、両親が起き出してくるより少し前の早朝の時間だった。朝方のウグはいつも、フローリングに直置きされた毛布の上に柔らかなお腹と顎を寛がせて眠っていた。亡くなって一年以上。毛布も犬用トイレも片付けられて、居間のソファーもウグがいた頃から新調されて様変わりしている。ウグはしばらく居心地悪そうに居間をさ迷う。仕方なし、見慣れない、かつての自分が知っていたのとは違う色のソファーに跳び乗った。老齢のウグはジャンプしてソファーなどにのぼることも出来なくなっていたので、彼にとっても久しぶりの動きだっただろう。  やがて、二階から両親が下りてくる足音が聞こえてくると、ウグはソファーの上に四本の足で立ち、ぐるぐると白いしっぽを回し始める。居間の扉を開けた瞬間に跳躍し、たしたしと肉球と爪がフローリングをこする音を響かせながら、両親の膝下に前足をつけて甘えだした。 「まあっ! ウグちゃん!?」  母は喜びより先に驚きが勝ったのか、会いたくてたまらなかったはずのウグを見ても硬直してしばらく動かなかった。先に冷静さを取り戻した父が、ウグを腕に抱き上げる。 「全然重たくないなぁ。どこのどなたの魔法なのかな」  両親は魔法を使えない方の人類だが、この世界に魔法を使える人々がたくさんいるのを知っている。だから、死んだはずの愛犬が現れたのを当たり前のように、「何者かによる善意の魔法」と信じ込んでいた。  その日、両親はあえて、自宅から出ないでウグと共にいる時間を楽しむことにした。ウグとこうしていられるのが一日限りであるともまだ知らないから、とりあえず今日のところは、という判断でもあったのかもしれないが。  ウグがいなくなってから、たくさんのことに気が付いたんだよ。両親は、あの頃からそうだった。ウグに語りかけるという体でなら、人間同士で話すよりもうんと素直に本心が口から出てくるのだ。夫婦と、ウグという「我が子のような存在」との「三人家族」のつもりで長いこと過ごしていたから。ウグを喪って、「夫婦ふたりだけの生活」に悲しみと戸惑いがあって、いつの間にか良くない関係に陥ってしまったのかもしれないね、と。  協力者である鏡の魔女と約束した、リミットの時間が差し迫っている。私は、今日の為に用意していた言葉を告げ始めた。 『パパ、ママ。いつも抱っこしてくれて、たくさん散歩してくれて、おいしいごはんを食べさせてくれて。あったかい毛布でねかせてくれて、いっぱい話しかけてくれて、ありがとう。とっても大事にしてもらえたから、ウグはこの家の()になれてしあわせだったよ』  ……はい、実にありきたりで面白味も意外性もなーんにもありゃしない。鏡の魔女へ言ったように、「ウグがこう思っていそうなことを私が代弁する」という形にはしたくなかったから、私はただただ、客観的な事実を述べただけなのだ。
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