幼妻の場合(1)

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幼妻の場合(1)

◇◇◇◇  オリビア・ディブリは今年で十八歳になった。絹糸のような金色の髪と夜空のように揺らめく藍色の瞳を持ち、すれ違う男性は必ず振り返る絶世の美少女とさえ言われている。  そう言われているのだ。  だが、彼女に見向きもしない男が一人いた。それは彼女の夫であるクラーク・ディブリである。  オリビアが彼と結婚したのは二年前。彼女が結婚できる年になってすぐに結婚をした。  オリビアの結婚を知った者たちは、老若男女問わず、クラークを心底羨ましがったようだ。  そんなクラークはセンシブル子爵家の三男坊であった。短く刈り上げた黒髪は好感が持てるが、鋭いこげ茶の瞳と無口なところが、人を寄せ付けない要因とも言われている。  だからこそ、彼と結婚をしたオリビアは「かわいそう」であると、そんな噂まで流れているほどだった。  さらに、オリビアがかわいそうと言われる原因がもう一つある。それは二人の年齢差だ。  オリビアが十八歳であるが、クラークは三十五歳。十七歳の年齢差の結婚となれば、やはりここには恋愛感情以外の何かがあると、誰もが勘ぐってしまうもの。まして、結婚したときには十六歳と三十三歳。倍以上の年齢差であり、熱愛の噂もなかった二人なのだ。  実際、オリビアがクラークと結婚したのも、オリビアの父親であったディブリ伯爵――アトロが原因でもある。  アトロは王国騎士団長を務めていた。だが二年前の王都ギザラを襲った大火事が原因で、その命を失った。  大火事は、王都の東側の居住区を燃やし尽くし、完全鎮火まで丸二日かかった。  彼は逃げ遅れた母子を助けようとしたようだ。赤ん坊を抱えている母親を助けたところで、彼自身が炎に飲まれた。  すぐさま他の騎士が救出してくれたが、数日の間生死の境目をさ迷い、息を引き取った。それまでオリビアは、病院のベッドの上で苦しんでいる父親に寄り添っていた。  息を引き取った時も、最期が父親らしいとオリビアは思い、誇らしさと悲しみに浸った。  そして気づいたら、クラークと結婚をしていた。  おかしい、何かがおかしい。  心当たりは全くない。  だが、結婚誓約書の写しをクラークに見せつけられ確認すると、そこにはまさしくオリビアの自筆のサインがあった。さらに、未成年であったため、その隣には父親であるアトロのサインまでもがあった。  おかしい、何かがおかしい。  オリビアは考える。  どうして、こうなった? (あ、あのとき……)  そして、やっとその心当たりに気が付いた。  大火事の十数日前、オリビアは十六歳になった。未成年ではあるが、結婚のできる年齢だ。大人と子供の狭間の年齢。  そのときアトロは、オリビアに一枚の紙きれを手渡した。 『ここにサインしておいてくれないか?』  父親からの頼みということもあり、オリビアは言われたまま、何の疑いもせずに紙きれにサインをした。  あれが結婚誓約書であったのかと、クラークにその写しを見せられて理解した。  そしてクラークは口にする。 『俺は、君と家のことを団長から頼まれた』  つまり、クラークはオリビアのことを好きで結婚したわけではなく、オリビアの父親であり騎士団長を務めていたアトロに頼まれたから結婚をしたと、そう言いたいようであった。  結婚誓約書が受理された日付を確認すると、父親が火事に飲まれた次の日であったことにも驚いた。もしかしたら、病院のベッドの上で、アトロはクラークに頼んだのかもしれない。  喪に服す期間もあり、二人は小さな結婚式をその半年後に挙げた。  オリビアは、「結婚式はしなくてもいい」と口にしたが、アトロが望んでいたことであるとクラークに聞かされ、純白のウェディングドレスを着た。  見せたい人は誰もいない。父親もいない。母親もいない。しいて言うならば夫となる人。だが彼は、オリビアのウェディングドレス姿を見ても、口元を綻ばすだけであった。
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