幼妻の場合(3)

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 オリビアがカステル侯爵邸から戻ってきたところ、クラークは既に屋敷に帰ってきていた。  なぜか彼はエントランスにいた。 「どこに行っていたんだ?」  オリビアの姿を見つけたクラークが、鋭く睨みつけてきた。 「ポリー様のところに。お茶会に誘われておりましたので。今朝、旦那様にもそうお伝えしたと思っていたのですが」 「そ、そうか……。そうだったかもしれないな」  なぜかクラークの右手が怪しくくねくねと動いている。だが、そのまま手は彼の脇にピタリと収まった。 「ポリー様から、流行りの映画について教えていただきました。旦那様は、どのような映画がお好きですか?」  オリビアがそう尋ねると、クラークの引き締まっていた口元が緩んだ。 「ここではなんだから、場所を変えよう」  クラークが腕を出してきたのは、エスコートするためだと思った。 (この腕を、とってもいいのかしら?)  じっとオリビアはクラークの腕を見つめていたが、彼はそれを取り下げるようなことはしなかった。  そっとオリビアはクラークの腕に、自分の腕を絡めてみた。  社交界嫌いのクラークは、あまり公の場に積極的に顔を出そうとはしない。だから、二人でこのように並んで歩くことも少ない。まして、彼の腕をとるとなれば、八か月前に開かれたパーティー以来である。  クラークは黙って、隣のオリビアを見下ろしてくる。 (え、と……。もしかして、間違った行動をしてしまったのかしら……)  クラークがオリビアのことを、女性として見ていないことを、オリビア自身もなんとなく感じとっている。それでもこのようにされたら、腕をとれという意味であると思ってしまうだろう。 「少し、縮んだか?」 「え、と……?」 「いや、少し背が低くなったような気がするのだが」  それはクラークの背が伸びたのでは、と思ったオリビアであるが、彼の成長期もとっくに過ぎているはず。  だからといって、オリビアも背が縮むような年齢でもないはずだ。 「あ……。今日は、ヒールの低い靴を履いているからですね」  八か月前のパーティーでは、少しでも大人っぽく見られるようにと、あれこれ作戦を練った。練った結果、カトリーナご推薦の「ヒールは高いけれど安定している靴」を履くことによって、クラークと理想の身長差を保とうとしたのだ。  だが今日は、ポリーの屋敷でお茶を嗜んできただけ。歩きやすい靴を選んでしまったため、パーティーのときよりも背が低く見えたのだろう。 「そうか……」  クラークの動きはどことなくぎこちない。  やはり、オリビアには大人な女性としての魅力が足りないのだろう。もう少し、メリハリのある身体であったら、クラークを身体で落とせたかもしれないのに。  何よりも、彼が夜這いしてこないことがそれの証拠である。と、オリビアは常々そう思っている。  クラークが戻って来て五日。昼間は一緒にいることのできない時間も多いが、夜は共に過ごしている。  何よりも一つのベッドで共に寝ているのだ。  カトリーナご推薦の際どいナイトドレスを着ていたとしても、クラークは「風邪をひくといけない」と言い、ガウンをパサリと羽織らせる。 (敵は、なかなか手強いわ)  その言葉はポリーも口にしていた。 (やはり、時期を見計らってカトリーナ様にも相談しなければ……)  結婚して二年。  オリビアも成人を迎えた。  遠征先から夫も戻ってきた。  愛してもらうには充分な条件が揃ったと思っている。  それでも彼がオリビアを求めようとしないのは、やはり貧相な身体なのだろうか。 (いえ……。だけど、胸も大きくなるようにと、カトリーナ様から教えてもらったマッサージもしているし。例の香油も使っているし……)  オリビアはクラークを横目でちらっと見つめたが、彼は唇を真っすぐに引き締めたまま、どこかに向かっている。 (あら、サロンではない? 一体、どこでお話をするつもりなの)  結局、向かった先は二人の部屋であった。 「二人きりで話をしたかったからな」  ソファに並んで座る。
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