幼妻の場合(1)

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(やはり、拒まれている? 敢えて隠す作戦は失敗だった?)  久しぶりに会ったのだから、熱い抱擁があってもいいと思っていた。何より、二人は夫婦である。再会したら熱い抱擁を、と言っていたのは誰だったろうか。 (となれば、最後の手段よね。隠して駄目なら曝け出せ……)  これも年上の子爵夫人からの助言である。敢えて隠してからの曝け出し。そのギャップに普通の男であればメロメロになるはずだと、子爵夫人は言っていた。  オリビアはドレスをしゅるりと脱ぎ、シュミーズ一枚になる。 (よし。女は度胸よ。それに、成人だってしたのだし、立派な大人よ。胸も……多分)  オリビアは意を決し、浴室へと続く扉を開けた。手前の脱衣所には彼の脱いだ服が散らばっている。それを丁寧に畳み、籠の中へと入れる。  脱衣所から浴室へと続く扉はすりガラスの引き戸になっていて、その奥にぼんやりと人影が見える。  ザバンザバンと、お湯をかぶる音が聞こえた。その音が止んだ頃、オリビアは声をかける。 「旦那様。お背中をお流ししましょうか?」  ぼんやりとした人影が、大きく震えた。だが、返事はない。 「失礼します」 「ちょ、ちょっと待て」  クラークの慌てた様子が手に取るようにわかったが、度胸を纏ったオリビアは彼のその言葉に従わずにすりガラスの扉を開けた。 「お背中をお流しします。昔は、お父さまの背中も洗っていたのですよ」  そうは言ってもオリビアが四歳の頃だ。それ以降、父親と風呂に入った記憶はない。  浴槽の隣で身体を丸めて小さな椅子に座っていたクラークは、驚いたように振り返った。 「カトリーナ様から、素敵な石鹸を教えていただいたのです」  カトリーナとはオリビアが懇意にしている友人の一人で、公爵夫人である。  そしてクラークは、オリビアがここにまで入ってきてしまったことで、あきらめたようだ。 「頼む」  消え入るような声で、彼はそう口にした。  オリビアは石鹸を泡立てると、その泡を手に取って優しくクラークの背を洗い始める。  これも、お茶会から得た情報である。 『海綿でごしごしと擦るよりも、先に手の平で洗ってあげるといいわよ』と、石鹸の話題と同時に、カトリーナはそんなことを口にしたのだ。 「痛くはありませんか?」 「ああ……。すまないな。汚れているのに」 「だから、洗うのです」  遠征先では湯浴みのできない場所もあると聞く。そういうときは、濡らしたタオルで身体を拭くことしかできないとも。 「旦那様……」 「なんだ」 「無事に帰って来てくださって、安心しました」  それは間違いなくオリビアの本音である。 「頭も洗いますね」  彼の旅の疲れを全て洗い流すかのように、オリビアは丁寧に擦った。  オリビアがクラークの身体や頭を洗っている間も、彼はただじっと座っているだけだった。  ざざぁっと最後に湯をかけ、石鹸の泡を洗い流す。  さすがカトリーナご推薦の石鹸だけあって、どこか野性味あふれていたクラークの匂いもさっぱりと消え去っていた。 「はい、終わりました」 「ありがとう。とても心地よかった。君は寒くないか? 一緒に湯に入るか?」  まさか、クラークの方からそんなお誘いがあるとは思っていなかった。  浴室に立ち込める湯気のせいかもしれない。オリビアは、ほんのりと頬が熱を帯びて、のぼせ上がるような感覚に捉われた。 「はい」  自分から浴室に攻め込んだわりには、彼からそのように誘われると少し恥ずかしさもあった。
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