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浴槽にはカトリーナ推薦の花びらが浮かぶバスフレグランスを使用している。そのため、お湯の色は乳白色になっていて、水面に花びらが浮かんでいた。湯の中に入ってしまえば、お互いの肌は見えない。
さらにオリビアは、カトリーナに教えてもらったシュミーズを着ていた。下の下着はつけていないが、膝上十センチまでの丈があるため、こちらも見られて恥ずかしい部分は隠れているはずである。
クラークが立ち上がり、オリビアに背を向けたまま浴槽に入る。身体の大きな彼もゆったりと足を伸ばせるような、広い浴槽だ。
「おいで」
まるで子猫を呼ぶような優しい声で、クラークがオリビアに手を伸ばす。オリビアはその手をとり、浴槽に足を入れた。
チャプン――。
彼に背中を預けるように抱っこされ、浴槽に入る。お湯の温度かクラークの体温かわからないが、とにかく背中が温かい。
「君は十八歳になったんだな。おめでとう」
「はい、先月……」
「贈り物もせずに、悪かった」
「いいえ、こうやって旦那様が無事に帰ってきてくださったことが、何よりもの贈り物です」
「そうか」
クラークがオリビアの首元に顔を埋めた。
「旦那様? どうかされましたか?」
「いや……。君からそう言ってもらえたことが、自分でも思っていたより、嬉しかったようだ」
「遠征は、大変でしたか?」
「そうだな……」
王国騎士団第三部隊が派遣されたのは、北にある公爵領である。大きな水害が発生し、山は崩れ、街は水に飲まれ、領地の八割が損害を被ったとのこと。クラークは団長という立場から、第三部隊と共に自ら赴いた。
「死者が出なかったことだけ、幸いだった……」
それは、二年前の王都で起こった大火事からの教訓のようだ。
半年も北の領地に行っていたのは、その領地の再建のためだ。そして、彼らの生活に必要な状態が整ったため、騎士団も王都に戻ってくることができたのである。
騎士たちは、部隊単位で交代しながら北の領地に派遣されていたが、クラークは団長という立場があるため、半年もそこにいる必要があった。
「俺が不在の間、家のことをやってくれていたそうだな。助かった」
それから、と彼が言葉を続ける。
「君にずっと言わなくてはならないと思っていたことがある」
クラークがオリビアの首元に顔を埋めたまま喋るので、その吐息が肌に触れる。
「団長のこと。申し訳なかった……。君から家族を奪ってしまった……」
団長であるクラークが団長と呼ぶのは、オリビアの父であるアトロのことだ。
きっと彼は、アトロが亡くなったことを謝罪しているのだ。
「どうして、旦那様が謝るのですか?」
「俺たちがもっと早く動いていれば、助かった命であると思っている」
オリビアはゆっくりと首を横に振る。
「謝らないでください。父が助けた赤ん坊が、今では歩いているんです。男の子だったんです。父の月命日に、顔を見せにきてくれるんです。父が助けた命が、そうやって成長していくこと、嬉しく思います。だから、謝らないでください。父の死を、惨めなものにしないでください」
オリビアはそう思っていた。赤ん坊の母親も、アトロに感謝をしつつもオリビアには謝罪したのだ。そのとき、彼女は同じことを口にした。
それからというもの、あの母親は月命日になると、息子の顔を見せに来てくれる。それが、オリビアのささやかな楽しみでもあった。
父親が救った命が成長していることに喜びを感じていた。
そして今、オリビアはクラークの顔を見ることができなくて良かったと思っている。彼の顔を見たら、間違いなく泣いていただろう。
それがどのような感情に当たるのかはわからない。父親を懐かしんでいるのか、悲しんでいるのか。それとも、自分が惨めなのか。
「私、先にでますね。身体も温まりましたので」
これ以上、クラークとアトロの話をしたら、涙は溢れてくるだろう。自分でもわからぬ感情を、制御できる自信はなかった。
「ああ。そうだ」
浴槽から出ようとしたオリビアは、クラークに呼び止められた。
「ありがとう」
「着替えは、準備してありますので」
彼の礼の言葉を耳にしたオリビアは、振り返ってわざとらしく、元気のいい声をあげた。
一瞬、彼と目が合った。
だが、すぐに視線を逸らされた。
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