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◆7.祭り
五日経って、それでも、化け物は、現れません。
漁に出たい村人たちは「もう化け物は、よそに行って大丈夫なのではなかろうか」と言い始めましたが、左門は聞かず、お陽と一緒に天狗台に登り続けました。
抜かりなく見張っていた左門とお陽は、七日目の夜、音もなく、熊よりも大きな化け物が天狗台の近くに現れたのに気づきました。隻眼の目をらんらんと輝かせながら、怪物は、天狗台にゆっくり登ってきたのでございます。
左門は申しました。
「化け物……大船を登ってきた話を聞いて、お主は、この崖も登って来れると思っておったぞ!」
左門は登ってくる怪物を十分引き付けてから、力いっぱい弓を引き絞りました「新兵衛……許してくれ、力を貸してくれ!」と祈ると、化け物の目にめがけて弓を放ちました。矢は違わず怪物の目に刺さり、化け物は大声を上げて、下に落ちていき、鈍い大きな音が聞こえてきました。
天狗台は、こののち鬼落ちの岩と呼ばれるようになりました。
怪物が落ちていったあと、恐る恐る、お陽は頭を出して崖の下を見ました。
怪物は、はるか下の方で弾けた石榴のようになっておりました。
お陽は頭を引っ込めると、呆けたように座り込みました。
お陽は、気丈な振りをしていましたが、実は天狗台に登り続けていた時、いつも、尿を漏らしそうなくらい、ずっと怖くてたまらなかったのでございます。しかし、はたと気づき、左門の袖をしっかりとつかんで「左門さまがいなくなっては困ります!」と下を向いて繰り返し言いましたので、左門は大きな笑い声を挙げて「怪物が、またやってきたときのために、備えねばなるまいな」と申しました。
……左門……夫は、生涯、この村に留まっていてくれました。
幸いなことに、もう二度と、あのような怪物が霧浜に現れることもありませんでした。
その後、村では弓を射る祭りが、毎年、行われるようになり、それが、今日今日でも、鬼弓の祭り、と言われ、受け継がれているのでございます。
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