◆7.祭り

1/1
前へ
/7ページ
次へ

◆7.祭り

 五日経って、それでも、化け物は、現れません。  漁に出たい村人たちは「もう化け物は、よそに行って大丈夫なのではなかろうか」と言い始めましたが、左門は聞かず、お陽と一緒に天狗台に登り続けました。  抜かりなく見張っていた左門とお陽は、七日目の夜、音もなく、熊よりも大きな化け物が天狗台の近くに現れたのに気づきました。隻眼(せきがん)の目をらんらんと輝かせながら、怪物は、天狗台にゆっくり登ってきたのでございます。  左門は申しました。 「化け物……大船を登ってきた話を聞いて、お主は、この崖も登って来れると思っておったぞ!」  左門は登ってくる怪物を十分引き付けてから、力いっぱい弓を引き絞りました「新兵衛……許してくれ、力を貸してくれ!」と祈ると、化け物の目にめがけて弓を放ちました。矢は違わず怪物の目に刺さり、化け物は大声を上げて、下に落ちていき、鈍い大きな音が聞こえてきました。  天狗台は、こののち鬼落ちの岩と呼ばれるようになりました。  怪物が落ちていったあと、恐る恐る、お陽は頭を出して崖の下を見ました。  怪物は、はるか下の方で弾けた石榴(ざくろ)のようになっておりました。  お陽は頭を引っ込めると、呆けたように座り込みました。  お陽は、気丈な振りをしていましたが、実は天狗台に登り続けていた時、いつも、尿(しと)を漏らしそうなくらい、ずっと怖くてたまらなかったのでございます。しかし、はたと気づき、左門の袖をしっかりとつかんで「左門さまがいなくなっては困ります!」と下を向いて繰り返し言いましたので、左門は大きな笑い声を挙げて「怪物が、またやってきたときのために、備えねばなるまいな」と申しました。 ……左門……夫は、生涯、この村に留まっていてくれました。  幸いなことに、もう二度と、あのような怪物が霧浜に現れることもありませんでした。    その後、村では弓を射る祭りが、毎年、行われるようになり、それが、今日(こんにち)今日でも、鬼弓(おにゆみ)の祭り、と言われ、受け継がれているのでございます。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加