◆2.牛鬼

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◆2.牛鬼

 左門が目を覚ますと、彼は、自分が一件の粗末な家に寝かされていることに気付きました。若い女が自分を覗き込んでいて、突然、声を上げました。 「お侍さんが、目を覚ましなさった!」  気が付くと、初老の男も、同じ部屋にいて、驚いている様子でした。  幸いなことに、毒は体に多くは入らなかったと見えて、左門は体を動かすことができるようになっておりました。  会話を交わすと、彼らは父と娘で、名は吾平(ごへい)吾平(ごへい)とお陽(よう)と名乗り、左門も、自分の名前と、霧浜で怪物に襲われた顛末(てんまつ)を話したのです。  吾平は、驚いて言いました。 「お侍さんを襲った怪物は、ここいらでは、牛鬼と呼ばれているものです。よくぞ生き延びられたものだ……」  吾平は、「この村の海辺には人を食う怪物が出て、十数人もやられてしまいました。そして、面妖(めんよう)なことには、若い娘は生きたままさらわれて、手下にされ、化け物の子どもを生まされてしまう」というのです。手下にされた娘は「濡れ女」と呼ばれ、怪物の子どもを抱いて海辺に現れ、怪物の子どもは人間の赤ん坊の泣き声に似た声を上げて、事情を知らぬ人間を誘うのだと。  左門が、あまりに酷い話に言葉を失っている間にも、吾平は話を続けました。  また「この辺にいる者たちの生業は漁師であり、船が襲われて人が海中に引きずり込まれることもあります。しかし、生活のためには、漁師をやめるわけにもいかず、大層難義しています」と。  そこに隣家の者が訪ねてきて、霧浜で一人の娘の死体が見つかったと告げました。その娘は、昨日、左門が怪物と共に出会った女で、そして、数か月前に行方知れずになっていた、お陽の幼馴染みだということでした。  吾平は、うつむき、お陽は泣き崩れました。  お陽の幼馴染みの(むくろ)骸が村へ運ばれてきたとき、その哀れな様子を見て、左門は怒りに震え、この村のために怪物を退治しようと決心したのでございます。  左門がその気持ちを、二人に告げると、吾平は反対いたしました。 「お気持ちは嬉しいのですが、怪物はたいそう強く、お侍さまでも、太刀打ちできるとは思えない。村の若い衆が怪物を倒そうとして、(もり)を持って夜回りをしましたが、かえって返り討ちにあいました」と。  しかし、お陽は、「お侍さまと一緒に、お(さい)の仇を討ちたい!」と言いました。  三人は、村長(むらおさ)の所へ行きましたが、村長もまた、反対いたしました。 「怪物は、体が硬く、刃物が通らず、毒爪があり、手の打ちようがない」と。
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