『序章』

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『序章』

 無垢な白色は“初恋”。  可憐な桃色は“愛の喜び”。  艶やかな紫は“美しい人”。  鮮やかな赤色は“恋の喜び”――“燃え上がる想い”  どの色彩も綺麗で、愛らしく、優しい輝きによって人の心を慰める。  たおやかな花弁に秘めた甘い蜜は、獰猛な蜂すらも惹きつける。  非の打ち所のない魅力に満ちた“その花”と同じ――当たり前のように傍で咲いて、心を和ませてくれる存在を疑う余地すらなかった。  「ねえ、これで分かったよね――?」  花弁のように滑らかで甘い香りのぬくもりは、顔から全身へ舞い降る。  同時に柔らかな口調と不相応な低い声は、私の耳朶を舐め上げた。  「っ――」  何とも言い難い寒気に、私の身体は震えを止められない。  渇いた唇から漏れるのは、濡れた吐息、と声にならない悲鳴のみ。  けれど心臓は紅い熱を帯びながら、鮮やかな音色を速く奏でる。  今、私の五感の全てが物語る感情は、手足と胴体を床へ縫い止める“彼”には筒抜けなのだろう。  幽寂の闇越しであっても、彼が私を見下ろしながらほくそ笑んでいるのは分かる。  ああ――どうして、こんなことになったのか――。  「この瞬間を、ずっと、待ち続けてよかった――」  無邪気な声と口調、微笑みはこの状況にまったくそぐわず、一層私の恐怖を掻き立てた。  闇になれた瞳に映る”彼”の瞳には、普段の彼らしい優しさも輝きもない。  ああ、どうして――気づけなかったのか。  あまりに迂闊だった己の愚かさに涙が零れそうになる。  時間を巻き戻せるのであれば、あの時の自分の言動を全てやり直してしまいたい。  無意味な悔恨を浮かべずにはいらないほど、今の私は彼に追い詰められていた。  ああ、本当にごめんなさい――どうか。  「覚悟はできている? 君はもうが――」  どうか、助けて――……。  喉の奥から漏れかけた私の呼び声は、唇から浸透していく彼のぬくもりによって呑み込まれた――。 ***
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