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スピッツの『空も飛べるはず』。携帯電話の着信メロディが鳴る。
休日の雑貨チェーン店ロフト。
ボーと、可愛いカピバラさんのぬいぐるみを眺めていた。無意味にその顔を指で押してみる。ムダに柔らかい。
サビが終わりかけてようやく着信に気付く。電話の向こうでナツミの声が怒っている。
休日も彼女のペースでワーワーと非難轟々だ。
「ちょっと何ですぐに電話出ないの! すっごくすっごく心配したでしょう!」
「あはは、ごめんごめん。今、ロフトのぬいぐるみ売り場にいるんだ。カピバラさん可愛いよねー」
「むぅ、顔に似合わず、ぬいぐるみを愛でたでしょう。オッケー、今行くわ。そこから1メートルも動かないでね!」
「顔は失礼だよ! ん、今から来てくれる? サンキュー、ナツミ」
大人顔なだけで歳相応に見られない。たぶん、低い声のせいもあるけど。
でも、休日くらい可愛いモノだけ見ていたい。ナツミが来るまで、等身大の私だ。カピバラさんと甘い空間を過ごせる。えへへ。
エスカレーターの向こうから、甘めな服の外国ロリータが来たと思ったら、休日のナツミだった。
流石、ハーフ娘だ。ヒラヒラした服装でも似合っている。
珍しく息を切らせた彼女が服装に似合わない大声で言う。
あ、話すと、残念な娘。
顔に似合わずは大ブーメランでお返しする。
「ごめん、寝坊した。おはよう、アヤカ!」
「おはよう、って誰かさんのせいで、もうお昼だけどね。で、何処に行く?」
「黒いジャケット、白シャツ、黒デニム。ユーアー、何処のイケメンだよ?」
「女の子っぽくない格好で悪かったね!」
軽い罵り合いはご愛敬だ。傍から見たら、遅れてきた彼女と待っていた彼氏が軽い口論しているようにしか見えないだろう。
陸上部も休日練習が珍しくオフだった。……というのも、先輩たちの半数が中間試験の追試験だった。
陸上部顧問のタカノ先生が大激怒したので、本日は臨時休部だ。
久々の休み、足も走り込みで限界寸前だったので、少なくとも私は助かっている。
ナツミも隣でカピバラさんと遊び始めた。小児みたいに彼女はぬいぐるみに話しかける。
「アヤカくんは可愛いのが好きなんダヨー」
「可愛いのが好きで悪いのかぁ」
私はキャラ崩壊も辞さず、両手を握って女子な怒り方になった。流石にナツミは謝った。
「ごめんね、アヤカは硬派だから本音は言わないじゃん。もっとホンマさんみたいに童心で素直に話したらどう?」
「な、なんで、そこでホンマさんが出るのよ。私だって、陸上のことは本音で話している……」
「ホンマさんと距離置いてない? 同じ種目だけど、陸上以外も大事なこと言えている?」
「そ、それは大丈夫かな……わかんないけど……」
クールなお姉さんキャラに見られるけど、実際は可愛いもの好き。キャラと本心の板挟みになって疲れてきた。
ナツミのようにゼロヒャクで振る舞える娘には、私の本心はもうバレている。余計なお世話だと思う反面、やはり強い言葉には自信がなくなる。
返す言葉に窮していた時だった。追試験のはずのホンマさんがエスカレーターから昇って来た。
「誰が童顔だってぇ? いよう、ナツミに、アヤカ!」
「げぇッ。ホンマさん、追試験じゃないんですか?」
「俺は1科目だけだから。陸上のこと以外も嘘ついてないぜ」
「うー、ホンマさん意地悪ですよ」
ベラベラ喋っていたナツミが、顔色悪くなって弁解に走る。自業自得だ。私はいつものようにスッとした姿勢に戻る。
しかし、とんでもないことを口にしていた。
「ホンマさん、ファンシーなぬいぐるみ好きですか?」
「え、そこまで考えたことない。俺が用事あるのは、上の階の漫画売り場だ。えっと、新巻の発売日なんだよ」
「そうですか」
「その顔も可愛い。邪魔した。じゃあな、お2人さん」
ホンマさんが嬉しそうに笑って、上の階に向かっていった。
シュンとした乙女の顔を見られた。無意識に姿勢は正したが、表情は切り替えられなかった。
ナツミに意地悪されて、女子中学生の顔にすっかりなっていたらしい。
私は明日からどんな顔で、ホンマさんに会えば良いんだ。絶望した。
傍らでナツミが声を殺して笑っている。カピバラさんを持ったまま、私は固まっていた。
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