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放課後、薫風吹くグラウンドの傍に私は立っていた。
青葉東中のジャージを着た集団がそこを走って回る。何だ、やっぱり走るだけか。
走り屋のイメージは、彼ら陸上部員が準備体操を終えたときになくなった。
走るだけが陸上競技ではない。小さいハードルを使い、規則的に飛び越えて駆けていく。
ピョンピョンと跳ねたり、腕を振り回して動いたり。走る前の身体起こしの動作らしいが、こんなに不思議な準備運動をするのか。
人間とスポーツカーは、身体を温めないとMAXで走れないのだ。それも人間だと時間がかかる。
流しという、軽めのダッシュ走を見た後だった。
スタートダッシュの練習をする人の向こう側のフィールドで、妙な鉄球を投げる練習をする人、高いバーを背中から飛び越える人、そして砂場へ向かいダッシュをして跳びあがる人たちがいた。
私は驚いた。走るだけが陸上競技ではないんだ。
「走らない種目もあるんだ」
「そ、陸上競技は見てても楽しいっしょ」
ナツミ以外の返事に、私は両肩を猫のように震え上がらせた。明らかに男の人の声だ。そのナツミはようやく私に気付いて、向こうから走ってきた。
走跳投の文字プリントされたTシャツを着て、腕組みする笑顔が優しい高身長の男性が隣に立っていた。
私は知らない人に対しての返事に困った。
「フジサキ先輩、お疲れさまです。私より加速する期待の新人アヤカに、先輩何か言ったんでしょう。アヤカの顔が固まってますよ」
「あっは、ごめんごめん。笹野綾香さん、ようこそ陸上部へ。俺は一応、キャプテンの藤崎宗一 ね。ま、ゆっくりして行ってちょ」
ナツミの言う『期待の新人』は引っかかる言い草だけど、明るいキャプテンのフジサキさんに、私の鉄壁が溶かされた。
「はじめまして、ササノアヤカです。陸上競技は間近で見るのが初めてで新鮮です。何だか格好良いですね」
「あっは、お世辞ですかい。でも嬉しいもんだ。まぁ俺らは、走るか、投げるか、跳ぶか、それしか出来ない集団さ」
気さくな先輩で、まず見学に来てよかった。いつもストレートな物言いになるので、私は怖かったけど、ひとまず安心した。
だけど、フジサキ先輩も話が早い。
「ササノさんは、うちの陸上部に入ったらやってみたい種目ってあるの?」
「あ、フジサキ先輩、実は……」
ナツミがいち早く気付き、先輩にヒソヒソと耳打ちした。瞬時にニコッとする先輩もイタズラ好きなのかもしれない。
「ははぁん、理解しました。あいつなら、砂場にいるよ。走り幅跳びの本間健太くん」
フジサキ先輩は、親指で砂場をさした。
紙飛行機の人が髪をなびかせ、今まさに身体を滑空させていた。
腕を回し跳びあがる。綺麗なフォームだと素人目にも分かった。
走り幅跳びの選手 の姿が目に焼き付いて離れなかった。
走り幅跳びか、それとも跳んだホンマさんか、どちらにひとめ惚れしてしまったのだろう。
私は口を半開きにしたまま、衝撃を全身に受けた。これが運命の瞬間だった。
立ち上がり服から砂を払う。
ホンマさんは、ようやく妙に熱い視線3つに気付いた。顔がこちらを向く。ライオンのように立ち上がった長い髪、短い眉、それだけだと怖い顔だけど人懐っこい大きい目が可愛らしかった。
フジサキ先輩が大爆笑した。そしてホンマさんに手を振った。
「あっはは。ケンタ、気づくの遅くねぇ? おおい、職人。お前の紙飛行機で女の子が1人釣れたぞ!」
「ヤッター、でいいのかー。そうちゃーん、どっちの女の子?」
う、この2人チャらい。
でも、その紙飛行機に釣られた私はもっと軽い女か。すぐ顔が赤く染まった。
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