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「だって後ろ姿が似ていたし、暗くてよく見えなかったし……。それにほら、このお店から出たんだから、普通は魔法使いのはずでしょう? この近くに住んでる若い男の魔法使いなんてタカヒロしかいない、って思って……」
意識を取り戻して最初に聞こえてきたのは、女性の話し声だった。
目を開けると、暗い夜空ではなく明るい室内の天井が視界に入る。俺は見知らぬ一室に寝かされていたらしい。
「ここは……?」
「おや、気がついたようですね」
今度は女性ではなく、ピンクのぬいぐるみの声だった。
「まだ体が痺れているでしょう? なにしろ間近で呪いを食らったのですからねえ。もう少し横になっていた方がいいですよ」
「ごめんなさい。うっかり間違って、人違いで魔法かけちゃって……」
そちらに顔を向けると、申し訳なさそうな若い女性の姿が見えてくる。
こうして明るい照明の下で見れば、艶やかな長い黒髪が美しく、丸っこい顔立ちが可愛らしい。俺と同い年くらいの女の子だった。
「紹介しましょう。彼女は真森優子さん。うちの常連客の一人です」
「初めまして、真森です。私は……」
ぬいぐるみに促されて、彼女が自己紹介を始める。
既に俺に被害を与えておいて、今更「初めまして」もないだろう。そう思いながらも口には出さず、黙って彼女の話に耳を傾けると……。
学部こそ違うものの、真森優子も俺と同じ大学で、しかも同学年だった。ただし普通の大学生ではなく、魔法使いの一人だという。
つい先日、それまで三ヶ月交際していた彼氏にフラれたばかり。「フラれた」というより「捨てられた」という表現が相応しいような酷い別れ方であり、彼女としてはそれが許せなかった。
これで相手が一般人ならばグッと我慢するつもりだったが、彼も同じ魔法使い。ならば魔法で恨みを晴らしてやろう、と思い立ち……。
「頑張って習得したのが『アンラッキー7の呪い』でした」
アンラッキー7の呪い。
俺が意識を失う直前にも聞いた言葉だ。
7を幸運の数字と考えるのがラッキー7だから、アンラッキー7はその逆。ならば7という数字に出くわすたびに不幸な目にあう……みたいな話かと思いきや、そんな複雑なものではないらしい。ただ単純に「毎日七つの不幸に見舞われる」という呪いだそうだ。
「たぶん命に関わるほどの不幸ではないはずですけど……」
真森優子は自信なさそうに、ぬいぐるみ店員の方へ視線を向ける。
ピンクのぬいぐるみは、微笑みながら頷いていた。
「呪いの大きさは術者の力量に応じますからね。まだまだ優子さんは失敗も多い未熟者で、『いいわけの魔女』という二つ名で呼ばれるほど。ならばバナナの皮で滑って転ぶとか、鳩のフンが落ちてくるとか、おそらくその程度でしょう」
真森優子が「アンラッキー7の呪い」を学ぶ際に使ったのは、この本屋で買った書物であり、ぬいぐるみ店員が勧めたもの。
だからピンクのぬいぐるみも少しは責任を感じているらしく、こうして俺を介抱する場所として、本屋の事務所を提供しているのだった。
「それはありがたいですけど……。それより、その『アンラッキー7の呪い』とやらを解いてくれませんか? 『バナナの皮で滑って転ぶとか、鳩のフンが落ちてくるとか、その程度』って言いますけど、俺にとってはその程度でも迷惑ですから!」
俺は当然の要求をつきつけるが、ぬいぐるみ店員は苦笑いしながら、そして真森優子は悲しそうな顔で、二人揃って首を横に振る。
「ごめんなさい。私の力では、まだ解呪までは出来なくて……」
「先ほども申し上げた通り、優子さんは未熟な魔法使いですからねえ。とはいえ、このまま何もしないのは無責任ですから……」
ニヤリと笑いながら、ピンクのぬいぐるみは言葉を続けた。
「……解呪をマスターするまでの間、優子さんが健介さんを魔法で守るしかないですね。なるべく健介さんに付きっきりで」
「えっ!?」
俺も彼女も最初は驚いたものの、真森優子は少し考えただけで、ぬいぐるみの提案をあっさり受け入れた。
彼女がかけた呪いの効果を最小限にするボディーガードとして最適なのは、術者である彼女自身。それが魔法使いの世界の理屈なのだろう。
ただし二人は学部が違うから授業も異なり、一緒に行動できるのは大学が終わってからとなり……。
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