39.市場

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39.市場

 「ああ、今回の視察の目的は元々その税収が上がった理由を知るためのものだからな。上がり方自体は緩やかではあるんだが、報告によると産業そのものが変わった様子は無いからな」 「ええ、まあ。漁獲高が上がったとか、農業生産高が上がったとかではなく、観光産業が上手くいったという所ですね」 「へえ」 「観光産業・・・確かに海もそうですが、街並みが美しいですね」 「シルフィーヌ様、それだけでは、領地自体は潤いませんよ?」  エリーゼの言葉に首を傾げるシルフィーヌと、顎に手を置いて考えるウィリアム。 「とにかく今から行く場所を見て頂ければよいかと」  案内しながら、エリーゼはニンマリ笑う。 「この港街はこの5年位で他領からだけでなく海外からの観光客も訪れるようになったので意外に賑やかなんですよ」  そう言われてみれば、道を歩いていく人々は異国を匂わせるような服装の者も多い。 「ここが、中央市場です」  エリーゼの言葉に頷き、2人は彼女と共に大きな倉庫のような場所の入り口へと足を勧めた。  大勢の人・人・人。  とにかく大勢の人が、屋根の高いこの場所に集まっている。 「船から降ろされた品物はここで検品するために集められます。その際に待たされる時間が商人には惜しい時間でもあると考えたんですよ。で、事前申告で問題がないと認められた商品ならこの建物内でどんどん売ることが可能なんです」  エリーゼがそう言いながら、床に色とりどりのシートを広げ品物を置いて客に見せている外国の商人達がいる方向を指さした。 「勿論役人が常に見張ってますから違法性のあるモノは見つけ次第報告がされます」  エリーゼが更に指差す方向にあるガラス張りの詰め所に制服を着た私兵がいるのが見える。 「見張りは?」 「私服で買い物客に混じってますから、分からないと思いますよ」  にこやかに笑うエリーゼ。 「この場所、卸市場っぽいでしょ? 昔のコリンズ領にはこんな場所無かったんですよ」 「へえ・・・」 「以前は港で積荷は屋根もない場所で検査待ちだったり、モノによって船の中に役人が入って検品っていうスタイルだったんですよ。でもそれだと言葉が通じない水夫と行き違いになって喧嘩になったり、中には裏取引をする役人なんかも出たりして、結構大変だったんです。積み荷の確認が遅れたせいで腐ったりする食品もあったりで・・・」  大きな倉庫のような建物を作り、そこでバザールのように品物を広げて売れるものは売ってしまえばイイと考えたのはエリーゼだった。国内の商会と取引するための品物だけを彼らは携えて海を渡って来る訳では無い。駄目になることを見越して多めに品物を抱えているのが普通だ。  その分をコリンズ領で販売すればいいとエリーゼは考えたらしい。  その代わり売上げの何%かをこの場所の使用料として徴収する。  言葉の通じない商人が困らないように施設内に常駐で通訳も居るらしく、船が入港した時点で国を特定して言葉の疎通ができるかを確認し、派遣するそうだ。その際の派遣代の上乗せは無い。  外国の商人が、個人で通訳を雇う事を考えれば格安なのだそうだ。  通訳の給金は施設の売上から支払われるシステムを採用し、宿舎や保険制度のようなものを構えて小競り合いの際の怪我や病気などの保証もある。  コレは前世の健康保険制度の応用だったらしい。  国の違う者同士でもコミュニケーションに困らないこの場所で売り買いができ、海外の新鮮なものや、珍しい品物も手に入ると各地から買い付けに来る商人も増え、美しい海や景色も手伝って観光地のようになってコリンズ領が以前に比べ数倍は潤い、税収も上がった。 「私は後継ぎでは無いですが、嫁にいく気は無いのでこの領で最後まで過ごすつもりなんです。だから両親にも弟にも恩を売っとこうっていう下心付きで頑張りました」  ヘラヘラ笑う彼女は、やはり結構な策略家だった。
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