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40.領地改革は憧れから始まった
市場内をゆっくり回った後、日差しの明るい外に出た。
「この町並みも、ひょっとしてエリーゼ様が?」
白い壁に青や赤といった原色のペンキを塗った扉や窓枠、派手な色の木花が街路樹として採用された町並み――
「ヘヘッ分かります? ちょっとミノコスとかサントリーニ島とかのイメージで明るく統一したんですよ。ここの道は元々石畳だったので似てるんじゃないかと思ったのが最初でした。前世では海外旅行に行けるような経済力が無かったので行った事は無いですが写真で見たことはありましたからね。だったら今生では領主の娘っていう立場を利用して憧れた土地を作っちゃえって思ったんですよね」
領主の年間予算の余剰分をあの手この手で父親を説き伏せて、町並みを整えていったのだという。
「最初は両親や家臣にも反対されましたよ? 子供が何を分かったような事を言うんだって言われてね。でも街中の壁が白く塗り替えるのが、お菓子になると知って喜んだのは領地の子供達でした」
年々薄汚れて行く街並みは気が付かないうちに人の元気を少しずつ削っていたらしく、街は寂れていく一方で仕事も限られた港関係のモノか漁師の仕事ばかり。
それを嫌ってか年々若者が仕事を求め王都に流出してしまい、領地には残された年寄りが少しずつ増えつつあった。
――壁や塀の色を白いペンキを塗って変えるだけ。
エリーゼはペンキを大量に構えて、それを町中の子ども達に呼びかけ、自らせっせと作った焼菓子の報酬で頼んだのだという――だが、それが一度始まると人の心に変化が起きた。
エリーゼの案で始まった壁や塀を白く塗り替えるという作業が子ども達の小さな仕事になり、暗かった路地裏も白い壁で明るくなり犯罪率が激減して街全体が活気付いたのだという。
「犯罪率が下がったお陰で、安心して暮らせるようになった母親達が今度は協力してくれるようになったんですよ」
次に大きな市場を構えるためにそれまで放置され気味だった波止場周りの清掃が彼女達の手によって始まった。
その頃には伯爵夫人、つまり母親がエリーゼに理解を示し自身の予算を割いて女性達に手間賃を渡せるようになったのだ。
最初は屋根のない場所で青空市場のようなものを想定していたが、コリンズ伯爵が妻に説得されてとうとうエリーゼの考えを汲む事になり、卸市場が建ったのだという。
仕事を増やした事で他領から人が訪れるようになり始め、それを目当てに宿屋や食堂が活気を取り戻した。
「国外からの流通の要の港町ではあったんですけど、この領は主要な産業も無くほぼ通り道だったんです。自領を農作物で豊かにするには、ここは塩害で畑も少ないんですよ。だったら他で稼がなきゃって思ったんです」
今や、領民達自身が町並みの維持を考えるようになり、小さな街の綻び――例えば石畳のひび割れだとか、街路樹の痛み具合だとか――を自分達で手直しし、それでも手に余るものは領主に頼るのだという。
屋根まで色を変えてしまったのは領民達の発想だったらしい。
「街並みを青い海に似せたかったらしいんですよ。だから皆が自然と青い色を選んだらしくて。前世の憧れた場所に似たのはある意味偶然だったんですけど」
海風が彼女の薄紫の巻き毛を揺らし、明るい陽の光に眩しそうに目を細める彼女は紛れもなく立派な伯爵家の一員だった――
「コリンズ領の税収が近年になってグッと上がっていたのはエリーゼ嬢のおかげだったんだな」
「周りの協力もありましたけどね」
へへへと照れて笑うご令嬢。
「前世の知識もこんな形で領地に還元できれば捨てたものでもないな」
ウィリアムが感慨深い表情で呟いた――
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