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54.視察が良い休暇になりました。
魔獣討伐は王家や上位貴族の責務だ。
もっとも、各領地の領主が雇っている私兵達も常に魔獣の間引きは行っている。
但し手に余るような強い個体や大量に現れてスタンピードを起こすような恐れのある魔獣の場合は領主の討伐隊派遣要請を王家が受ける。
辺境と呼ばれる国境近くに在中する辺境伯家はこの国には3つあり、各々がその周りの領主の要請に応じて魔獣討伐を行うのが決まりだが、よほどのことがない限りお互いに守備範囲を超えることはない。――本来辺境伯は国境を守るのが仕事なので高い軍事力を誇る。それが他所の領地に下手に移動してしまうと、侵略行為に間違えられてしまう恐れがあるからだ。
領主や辺境伯より依頼を受け、王家と4公6侯から魔獣討伐の遠征隊が差し向けられるのだが、その際に討伐に赴く者たちを率いるのが王族と上位貴族家の子息子女達となる。
勿論本人に魔獣の討伐能力のある者に限るが、今の所どの家の者も力の低い者はいない。
今回の遠征にはウィリアム王子と1公、2侯爵の子息、そして各家の精鋭の私兵と王国騎士達が連合で遠征に向かう事が決まり王城の転移門を使う事となった。
行き先は東の辺境伯の所有する転移門だ。
そこに到着次第、全隊が要請のあった山岳地帯に向かうことで概ね意見が一致し出発したのだが・・・
×××
「どうしてフィンレーじゃなくて、フィーが参戦したんだ?」
軍馬でもあり自分の愛馬でもあるアトラに乗ったまま、灰色の馬に跨った女性用の騎士服を着た自分の婚約者の姿に釘付け中の第1王子である。
彼の婚約者のシルフィーヌは王家に次いで魔力があるとされる筆頭公爵アーバスノット家の令嬢だ。
十分戦力になるだけの魔力もあるし幼い頃から武術の鍛錬も熟してきているので実力は十分ある。
しかし、今迄魔獣討伐遠征には彼女の兄であるフィンレー・アーバスノット小公爵が毎回参戦して来た。なので今回も彼が来るだろうと思っていたウィリアムは大いに慌てた。
「今回は私が15歳を迎えた事で良い経験になると両親が申しまして。私も成人しましたので公爵家の一員として貴族の責務を果たしたく馳せ参じました」
馬を降りて胸に手を置き騎士のように腰を折るが、やはり貴族の令嬢なので動きそのものがそこはかとなく優雅である・・・
「昨日王都に帰り着いたばかりなのに・・・」
若干呆れ顔に苦笑いを浮かべるウィリアム。
「昨日までの視察が良い休暇になりましたわ」
眼鏡の向こうの緑色の瞳が悪戯が成功した子供のように瞬いた――
「はて、何処かで聞いたセリフですなぁ」
ウィリアムの隣で騎士団長がガハハと笑った。
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