55.鴛鴦 

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55.鴛鴦 

 「婚約者殿に一本取られましたな殿下」  ニヤニヤ笑いながら、作戦本部のテントに入ってくる騎士団長の名前はハーヴィ・バートン。侯爵家の当主でもあるが、元々は伯爵家からの入婿だ。  バートン家の嫡女だった奥方、アリシア・バートン夫人の両親である前侯爵夫妻は15年程前の魔獣討伐の際に深手を負い、この世を身罷った(みまかった)事は有名だ。  当時18歳だったアリシア夫人が丁度体調を崩して参戦できなかったため夫妻が彼女の代わりに魔獣討伐に向かい戦死をしてしまったことを悔いて、自分の夫になる者の条件により強い戦士のような人物を求めたのだという。  その白羽の矢に当たったのが現在の騎士団長。  元々バートン家の遠縁の伯爵家出身で次男だった為成人後は家を出て王宮騎士団に入り、数々の武勲を上げていく真っ最中に、突然夫人に求婚されたというホントか嘘かは分からないがそう云う逸話がある。  因みに夫人は魔力も多く魔法使いとしては有能だが、体は丈夫ではなかったので何よりも健康な夫がいいと社交界で断言したらしい。  その後夫婦仲は良好でおしどり夫婦としても有名になったのは貴族間で知らないものはない。 「殿下の言葉そっくりそのままでしたな」 「・・・・ああ。まあ。うん」  ちょっとだけ照れているのか、若干返事が戸惑い気味で、目が泳いでいる。 「成人したのはほんの1ヶ月前だから、魔獣討伐にはまだまだ早いと思ってたんだが・・・」 「殿下との婚姻が終われば王族になるのですから、早めに慣れていたほうが後々楽だろうと公爵閣下も考えたのでしょうな。親心ですよ」  そうなのだ。  カートレット王国の王族は魔獣討伐に率先して参加する。その地位は高くとも負う責務が大きいのがカートレットの王族だ。  王子王女がその役目を負う事になるが、その伴侶も同様に責務を負うことになるため並大抵の覚悟では王家には輿入れできない。シルフィーヌもビビアンも相当の覚悟を持って王子達との婚約を受け入れている。  但しシルフィーヌの場合、それすらないまま生まれる前から婚約してしまった経緯がある。なので初めての顔合わせの時ウィリアムが彼女に嫌われていたら、と心配になるのも当然だったのである。 「殿下、騎士団長。魔鳥の連絡が入りました」  鈴を転がすような声が聞こえ、(ハヤブサ)を連れて噂のシルフィーヌが天幕に入って来た  魔法で作られた伝令用の小振りの魔鳥は、彼女の左手の手甲の上にちょこんと載って首を傾げている。 「辺境伯閣下からのようです」  眼鏡以外は素のままの彼女は長いハニーブロンドをポニーテールにしていて、騎士服なのに場違いに可愛く見える。 「お、おう・・・」  慌てて吐く息と吸う息を同時にしたようでウィリアムは1人で(むせ)る。 「殿下なに焦ってるんですか?」  騎士団長が呆れ顔になったのは、まあテンプレである。
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