56. ハーヴィ・バートン侯爵

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56. ハーヴィ・バートン侯爵

 私の名はハーヴィ・バートン。  カートレット王国の王国騎士団の団長を務めている。  今私は辺境地の森の天幕内でウィリアム殿下と、その婚約者殿であるアーバスノット公爵令嬢の会話を微笑ましく思いながら眺めている真っ最中だ。  魔獣討伐の遠征中に何をしているのかと言われそうだが、この方達の会話の内容は森の直ぐ側にある領地に住む民の避難状況から始まり今回の騒ぎの元になった魔獣の種類の特定とその駆逐方法だ――ちっとも浮ついた様子はない。  だというのに、この御二人の遣り取りを見ていると未来の王国がきっと素晴らしいものになるであろうという思いに駆られるのだ。  ウィリアム王子の考えにシルフィーヌ嬢はきちんとした兵法を元にした作戦を考え、それに合わせて殿下が対処方法を考え、人員の布陣や魔法を使うタイミングなどを綿密に打ち合わせていく。  互いが互いの意見を尊重し合い、お互いの足りない部分を補うためにはどうすれば良いかを真剣に考え取り組もうとするその様子に私は安堵した。  アーバスノット公爵令嬢は殿下には相応しくない、役立たずの婚約者だという実に腹立たしい噂が貴族間で出回っていると聞いている。  しかし殿下とご令嬢が意見を交わす姿は『竹馬の友』『無二の親友』『盟友』という言葉に体現されるような揺らぐことのない完璧な信頼関係を築き上げているのを感じさせるのだ。  しかも眼鏡で分かり難くさせてはいるが、ご令嬢はかなりな美少女だ。  公爵夫人によく似ていらっしゃるような・・・うむ。間違いない。眼鏡を取れば若い頃の夫人に瓜二つだろう。  何故彼女が『醜女』だという噂が立つのかが理解不能なのだが・・・  私の愚息である次男マイクもシルフィーヌ嬢が殿下には相応しくないなどという世迷言を曰わっていたな。  帰ったら慢心から汚れたであろう息子の心眼を鍛え直す(叩きのめす)か―― 「団長、ちょっといいか? 意見がほしいんだが」 「はッ! 只今」  おお、殿下が呼んでいる。私の出番だな。  ご令嬢が優雅に頭を下げ教えを請う姿は何とも美しい。  我が妻も美しいが、それに匹敵する。  うむ・・・  それでは出発までの時間を有効に使い己の中に眠る兵法を全て出し切る位には意見させていただくとしよう。  王都に帰った暁には、水行と座禅と素振りから息子を鍛え直すとするかッ!  ハッハッハ! 楽しみだッ!
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