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59. 魔獣②
じわじわと迫って来る地響きと獣の唸り声。
大地を蹴る蹄の音。
上がる土煙と、なぎ倒される森の木々の音がする。
飛び立つ小鳥の類の姿は見えないが甲高い鳴き声は警戒を促すように耳に届く――
×××
領地の森で魔獣の間引きをする為に何度かアーバスノットの私兵を率いて出陣する兄に着いていく事はあったが、王家の討伐任務に同行するのは初めてのシルフィーヌは、大気を震わすような魔獣の怒号に正直ゾッとしてブルリと小さく震え、この場から逃げ出したくなった。
その焦りは多分生き物が持つ生存本能から来るのだろう。
――今いる場所から早く離れなければいけない。
そんな後ろ向きな考えが一瞬頭を過り、視界が濁ったようになり眼の前がぼやける。
シルフィーヌはハッと気が付いて思わず頭を振る。
『しっかりしなくちゃ・・・』
己を叱咤するが、いやに現実感がなくなり自分だけが視線の向こうにいるであろう魔獣と一緒に白く塗りつぶされた世界に取り残されたような焦燥感が募り、心細くて泣きそうになった時――
「大丈夫だ」
すぐ横で力強い声がした。
「フィー。忘れるな。皆いる」
すぐ隣に立つ、ウィリアムが肩を回しながら視線を正面に据えたまま
「俺も一緒にいる」
その言葉でシルフィーヌの視界に色が戻った――
「ウィル・・・」
×××
ウィリアムの初陣は10歳の時。
皆が止める中、国王である父親に戦場に引っ張り出されたのだ。
確かにその翌々年に12歳になるのは間違いなかったのだが10歳の誕生日プレゼントとしては無謀だったし、少々早かったように思う。
魔獣討伐の様子を聞きたがる息子を喜ばそうと思った親心と言えなくもないが、決まりは決まりである。
それがバレた時に陛下が王妃にコテンパンに叱られたのはお約束だ――
それはさておき。
彼は先刻からのシルフィーヌの戸惑った様子を横から見ていて、その陛下のやらかした件の初陣の初盤で突然魔獣の目の前に放り出されて呆然となり立ち竦んだまま動けなかった自分の事を思い出していた。
その時眼の前に現れた魔獣は中型のグレイウルフで、前世でいうところのシェパードぐらいの大きさであり、決して巨大というサイズではなかったが、閉じている口内に収まりきらない長い牙が下顎にはみ出して黄ばんでいて、此方を見る目は異様なくらい紅く光り毛野良犬のようにボサボサの毛並みをしていて背中が筋肉で異様に盛り上がっていた。
――お世辞にも温厚そうには見えない恐ろし気な生き物が恐らく10体程だったか・・・自分の周りを取り囲み、隙あらば襲おうと唸り声を上げて威嚇するのだ。
正直ちびりそうになった。
彼が知識として知っていた書物の中のグレイウルフと、現実のソレの違いはその異様な程の臭気と威圧感。
思わず『何だってこんな世界に生まれ変わっちまったんだよ、オレ?!』と叫びそうになった所で気が付いたのだ。
剣と魔法の世界で冒険者になる――
前世のネットゲーム内で華々しい活躍をしていた自分は、この世界の本物の魔物には通用しないのだという事を。
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