63.敵襲

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63.敵襲

  『ビリッ! ビリビリッ!』  急に天幕の帆布が切り裂かれる音がし、裂け目に覗く鋭い剣先が魔石ランプの明るい光を反射した。  膝の上の婚約者のフワフワ感と温度を堪能して若干緩んだ頬をしていたウィリアムだったが、シルフィーヌを素早く庇うように抱きしめたまま地図の置かれていたミーティングテーブルへと飛び上がった。 「きゃあッ?!」 「「「「「なッ?!」」」」」  それまでテーブルに目を向けていた団長や武官たちが驚いて振り返ると、その直前までウィリアムが座っていたミーティングチェアがバラバラに砕け散るのが目に映り、思わず全員の手が腰の得物へと瞬時に伸びる。  大きな鎌のように弓なりになった剣先には妙に肉感的な厚みがあり、銀色の表面に青黒い斑点があった。 「蜘蛛(ラーニャ)だッ!」 「え!?」  ウィリアムの叫びに応じるように、その場の男達全員が一斉に侵入者に向けて各々の得物の切っ先を構え緊張する。  切り裂かれたテントの布の裂け目に白い女の指が掛かった途端、大の男でも手こずるような重くて硬い帆布がまるで薄い紙で出来た紙片のようにあっという間に地面近くまで引き裂かれる。  その隙間から暗い夜を背負った上半身裸の女体が天幕の内側にズルリと侵入してきた・・・ 但し腰から下は青黒い固そうな獣の毛並みを持つ大蜘蛛であり、色気より怖気しか感じられない姿だが。 「ひッ?!」  シルフィーヌがウィリアムの腕の中で小さく悲鳴を上げると、女の顔がこちらを向く。  白く透き通るような肌に紫がかった唇。  ハート型の小さめの顔は端正に整っていて二重の瞼の内側の目は白目が無く、虹色のトパーズがはまっているように見える。  女の長い髪は下半身である蜘蛛の体に届く位に長く伸びていて、動くたびにふわりと浮き上がり見た目よりも軽いことを伺わせる。  魔獣だとは解っているのに美しい顔だと云わざるを得ない女はシルフィーヌを見ると口角を上げてうれしそうな表情をした後で、赤い舌をチロチロさせてぺろりと唇を舐めた―― 蜘蛛の餌は人の男以外の生き物だ。魔物はシルフィーヌを己の餌だと認識したのだろう―― (因みに男は繁殖のために連れ去られるが・・・)  魔獣(彼女)は蜘蛛本体の前足である厚みのある曲がった剣(シャムシール)を振り上げて、すごい勢いでテーブルに向かって来た。  急な動きにもかかわらず、周りの武官や騎士たちが素早く対応する。 「はぐれ(1匹)かッ?」 「分かりませんが・・・ッ!」  己の獲物の捕獲を邪魔する男達を蜘蛛の6本の足が薙ぎ払おうと素早く動き応戦するが、 「フィーを喰おうとは・・・ 100年早いわッ!」  ウィリアムの放った氷結魔法で大きな本体が凍り付いた。  ビキビキという音をさせて凍りついていく上半身の女の顔が苦痛にゆがむが、声は発さない――   下半身の前足である鎌と、女の白い腕を振り上げてまるで助けを天に求めるような姿のまま蜘蛛の魔獣(ラーニャ)の身体が全て凍り付き動かなくなると共に、全員の肩からやっと力が抜けた・・・  ×××  ウィリアム達のテントだけが蜘蛛の魔獣に狙われたようで意外にも他に被害は無かったが、その後は大騒ぎになった。  本陣の周りに撒いてあった魔獣除けの香草の詰まった香り袋の中に、魔獣が混じっていたからだ。  ご丁寧にその香り袋は王子のテントの真後ろ辺りに固まって置いてあった――  但し調べた結果、数が合わない上に見つかった魔獣寄せは王宮魔道士のマークが入っていない香り袋だったため遠征に参加した者たちのミスではないことが判明したのだが。 「犯人がいるってことだな・・・ 」 「・・・」  全員が沈痛な面持ちになった――
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