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64.朝
蜘蛛騒ぎの翌日の朝、遠征隊は撤収作業に入った。
魔術師達が空間魔法で各部隊の備品を収納するのを横目に見ながら、朝から顎に手を置き渋顔で考え込むウィリアム。
バートン騎士団長が
「殿下? 気になることでも?」
と、声を掛ける。
「ああ、まあ、昨日の蜘蛛騒ぎのことだがな・・・ 何で蜘蛛だったのかを考えてたんだ」
「成程。あ奴等は男は連れ去るだけでケガはさせないですからなぁ」
「俺の命を狙わせるなら不確実だ。アレは男は喰わんからな。そうなると狙われたのはフィーかもしれん」
「確かに・・・ しかしながら蜘蛛を寄越したのが魔獣寄せを撒いた犯人とは限りませんぞ?」
「まあな。考えすぎかもしれんがな」
ウィリアムはそう締めくくって、公爵家の私兵に撤収指示を飛ばす婚約者の後ろ姿を見つめていた。
×××
蜘蛛の魔獣達は基本的に群れで行動する。
ラーニャには雄はおらず、生殖能力のある人間の男を攫って巣穴に閉じ込め、魅了魔法を使い前後不覚にさせて強引に交尾して幼体を産む。
その代わりに生殖能力のない子供や老人、そして女性は躊躇いなく屠って餌にするのだが、この遠征隊にはシルフィーヌ以外の女性はおらず餌になる対象は彼女しかいなかった。
捕食目的には向かない男だらけの集団ならほぼ高確率で交尾が目的なので天幕に入った瞬間に魅了魔法を発動する筈だが、それをせずに蜘蛛はシルフィーヌを狙った。
――捕食目的だったのは明らかだったが、もう少し安全な獲物を選ぶことも可能だった筈だが・・・
「討伐で餌が手に入らなくなったせいでフィーを狙ったのか・・・」
シルフィーヌを蜘蛛の魔獣に襲わせる目的で、テントへ魔獣寄せで誘導したのだとしても、この魔獣騒ぎそのものが人為的に起こされたものだとは思えない。
それが計画の内だったとすれば、犯人のやり口は恐ろしく手が混み過ぎだろう。
しかも今回彼女が遠征に参加したのは偶然だ。
全てが確実さに欠ける状況に眉を寄せるウィリアム。
「俺の考えすぎ・・・ ならいいんだがな」
彼の呟きは、早朝の空気に溶けて行った――
×××
東の辺境伯の城はウィリアム達の遠征隊の野営地から約半日ほど進んだ場所の小高い丘の上にあった。
今回の討伐は久しぶりに大掛かりなものになったせいで互いにあいさつ抜きでは済みそうになかった為、ウィリアムの率いる遠征隊は一度領都入りする事になった。
国境にも近い辺境伯領の都は、王都程ではなくともかなり栄えているのが普通だ。
各辺境伯は隣国との外交を任されており当然交易も盛んで、王都ケインズより外国色が強い傾向がある。
ここカスターネ辺境伯の領都も店に並ぶ商品は隣国の物が目立つ。
「ウィル、あれ綺麗だわ」
コリンズ領にも負けぬ程、様々な国外の商品を置いた店舗が立ち並ぶ目抜き通りを黒い愛馬で進むウィリアムの隣に並ぶ灰色の馬に跨るシルフィーヌがステンドグラスのような美しいガラスで出来たランプシェードを指さした。
「へえ、ガレのランプシェードみたいだな。まるで芸術品だ」
赤や緑の混ざった硝子の丸いキノコのような形のそれは前世で見た有名な骨董品のようだ。
「隣国のものでしょうね」
よく見ればカフェや洒落た雑貨屋等は専らそのランプシェードを灯りとして使っているようだった。
「雰囲気が落ち着いてて素敵だわ」
沿道に並び、遠征隊に向かって王国旗を振る領民達の後ろに見えるカフェの一つを見ながらうっとりして頬を染める婚約者を見ながら、
『後で一緒に御忍びで街に下りてデートでもするかなぁ』
などと呑気に考えるウィリアムだった・・・
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