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68.万能感の崩壊
癇癪を起こすマリアンヌと、それをどうやって言いくるめようかを考えるウィリアム――
両者を見比べて徐に困り顔になる王子の手に自分の手を重ね、不思議そうな顔をした彼に微笑みを返した後クッションに突っ伏すマリアンヌに話し掛けるシルフィーヌ。
「あの、よろしいでしょうか、マリアンヌ様」
彼女の声が聞こえているはずなのに、フカフカのクッションに顔を埋めたまま返事をしないマリアンヌ嬢を一瞥してから言葉を続ける婚約者に目を向けるウィリアム。
「先程からお聞きしておりますとマリアンヌ様が『王族』になりたいだけであって、その目的の為ならウィリアム様でもアダム様、どちらの王子殿下でいいから結婚したいと仰っているように聞こえるのですが、それで間違いないですか?」
「・・・」
シルフィーヌは小首をかしげた。
「王子殿下達御二方は王族になるための手段であって、お好きな訳では無いと?」
「違うの、そんな訳ない。ちゃんと兄様達の事を好きなんだもの。どっちかなんて選べないの」
クッションに顔を埋めたままこちらを向かないマリアンヌ。
「私は、ウィリアム様の婚約者ですが、もしもこの方と婚姻を結べなくともこの方をずっとお慕いし続けますわよ? アダム様の婚約者のビビアン様も私と同じ御気持ちだと思いますわ」
その言葉で、一瞬固まったウィリアムは顔を赤くした後で 素早くシルフィーヌを自分の膝に乗せて華奢な肩に自分の顎を載せる――突然の膝抱っこに驚いた彼女の頬も赤く染まってしまう。
シルフィーヌが何も言わなくなったので、クッションからふと顔を上げたマリアンヌの目に映ったのはイチャイチャしてやに下がった顔になった憧れの従兄と恥ずかしがるその婚約者の姿・・・
「なッ?! 何やってんのよッ!」
この屋敷のお嬢様の金切り声が廊下まで響き渡った――
×××
「難しいお年頃なんですよ。あの年頃って。昔の自分を思い出しました」
シルフィーヌにベッタリくっついたまま離れないウィリアムにいたたまれなくなったのか、気を効かせた侍女頭に喚くマリアンヌは部屋から連れ出されて行った。
入れ替わりにやってきた辺境伯夫妻に落ち着いた様子で話し始めるシルフィーヌ。
「私はもう少し幼い頃だったと思うのですけれど。最近マリアンヌ嬢はお茶会が多いのではないでしょうか?」
「ええ。お茶会は7歳からですがこの1年程で頻繁になりましたわ。それ以前はあれ程聞き分けがない娘ではなかった気がします」
伯爵夫人が困った顔をする。
「私は6歳からでしたが、あの頃の子供は人間関係が広がって不安になるんです」
「不安?」
ウィリアムが不思議そうな顔をする。
「はい。それまでは自分が一番上手だって思っていたことや得意だと思っていたことがそうでもないんじゃないかと、他の人を意識することで比べるようになるんです。言うならば、『万能感の崩壊』でしょうか」
×××
人は幼児期において自分と自分を取り囲む世界だけで十分満足しており過不足をあまり感じない。感情も単純で好き嫌い悲しい楽しい、要するに喜怒哀楽という単純なモノだ。
それが年齢が上がるにつれ大勢の人、特に同年代に頻繁に接するようになると社会的な比較をし始める―― つまり大勢と自分との比較だ――その中で個人差はあれども劣等感や嫉妬、本音や建前と言った複雑な感情を理解しきれないまま、お互いにお互いを意識しあう事を経験する。
「中には乱暴な言葉遣いをされるだけでお茶会に行けなくなったりする子もいますし、自分より身分が高い親を持つ家の子供に対してわざと嫌がらせを繰り返すような子供もいます。身分差に対する劣等感の裏返しでしょうね」
「成程、精神的にお互いが幼く感情表現が拙いということか」
ウィリアムが頷いた。
「そうですわ、身分差を強く意識する子は自分の置かれている環境に目を向け、将来を悲観し始めるのもこの頃ですわ」
シルフィーヌは優雅にティーカップを手に持ち薫り高い紅茶を口にした。
「恐らくですが、マリアンヌ様はお茶会をきっかけに自分の御身分や取り巻く周りの環境について不安になるような事をどなたかに言われたのではないでしょうか」
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