70.スピンオフ

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70.スピンオフ

 転生する前の私は生まれたときから常に生命維持装置につながっていないと生きていられない体で、生まれてから1度も外に出る事、それどころかベッドから出ることすら叶わなかった。  食事も排泄も全て人の手を借りなければいけない身体は今思えば鉛のように重くて、自分の意思では動かせない厄介なだけの存在。  ソレを疎ましく感じていても 介護施設のベットに横たわり点滴で命を繋ぐだけしか自分には出来ないのだと、空虚に時間が過ぎるのを待つだけの日々を過ごしていた。  そんな私の唯一の楽しみは一週間に1日だけ訪れるボランティアの本の読み聞かせの時間だった。  彼女達は私の僅かな反応を見て私の喜ぶものを選んで来てくれていたからだ――  その読み聞かせの本の中の1つ『辺境の戦乙女達』の中の主人公の1人がマリアンヌ・カスターネ辺境伯令嬢だった。  前世の私と変わらない年齢で、その魔力と剣技で魔獣を恐れずに屠っていく描写、そして愛らしい外見と明るい性格は動けない私の憧れだった。  その物語の中では彼女の従兄である王子達が女性問題で取り返しのつかないような問題を起こし廃嫡されてしまい、跡継ぎの居なくなった王家に迎え入れられた西の辺境伯の次男イリヤの婚約者にマリアンヌが選ばれるのだ――カートレット王国の王族は魔獣討伐が責務とされていて彼女の強い魔力と辺境の地で鍛えて来た実力を有望視されたからだった。  元王子達よりも年下のイリヤは王家の打診で養子となるが、彼自身は廃嫡になった王子達に比べて能力も低く性格も卑屈で、婚約者に決まったマリアンヌとは元々仲が悪く、自分より勇敢で王家に相応しい名声を得ている彼女に劣等感を持ち嫉妬する。  15歳になったのを境に王宮に住み始めた彼女に対して執拗に嫌がらせを始め、冷遇し始めるのだ――しかもイリヤはずる賢く狡猾な性格で周りの人々を己の味方にして主人公マリアンヌを孤立させていくのだ。  ×××  思い出した前世の記憶の中の物語と現実は違う筈だと思い直して其のことは忘れる努力をして穏やかな日常と可愛らしく、そして時折勇ましくなるお嬢様のお世話に精を出すことに専念しはじめた矢先に衝撃的な出来事が起こり私は考えを改めることにしたのだ。  ある日北の辺境伯様からお茶会の誘いがあり、マリアンヌ様を連れて奥様が出掛けることになった。  私はマリアンヌ様の世話係なので当然一緒についていくことになったのだが、子供達だけが寛げる様にと中庭スペースに設けられた東屋で西部辺境伯の次男イリヤとお嬢様が鉢合わせして、大喧嘩をしてしまったのだ・・・  いくら子ども同士とはいえ、貴族の子息子女が集る場所に所詮使用人が割り込める筈もなく騒動を知った親達が集まってくる中でイリヤとお嬢様だけが、今にも取っ組み合いを始めそうな雰囲気で睨み合う。 「黙れ! 未だに魔獣を屠れない腰抜けの男などこの辺境の地には必要ないッ」 「な、なんだとッ この男女! 顔が可愛いだけで中身は魔獣と一緒じゃないかッ!!」  ああ、本の音読で聞いたこの2人の出会いとまるで同じセリフだわ――私は気が遠くなった。
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