85. オリヴィエ・アボット⑩〜曲がり角

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85. オリヴィエ・アボット⑩〜曲がり角

 その後、こちらの言い分は自称辺境伯子息の婚約者には全く通じることなく押し問答になりかけたのだが、食堂の騒ぎを聞きつけた寮監が駆けつけ、寮生でない彼女達を追い出して事なきを得た。  但し、問題行動を起こした令嬢達だけでなくオリヴィエも厳重注意を受けてしまい彼女にとっては非常に不本意な結果に終わったのである。 ×××  「ホンッとに踏んだり蹴ったりだわッ!」  翌日の登校後は、昨日の騒ぎが何時の間にか知れ渡ったらしくクラスメイトからも若干遠巻きにされながら授業を受けた。  周りの友人達も同情的ではあるが白爵家のご令嬢が相手とあっては分が悪いのもあるのだろうが、少々よそよそしく感じられてオリヴィエとしてはいたたまれない気持ちもあり昼食も食堂で1人向かい、手早く済ませてダッシュで切り上げ早々に図書室へと向かった。  今日までの貸出期限だった本の返却を済ませておいて、これ以上絡まれないように放課後はさっさと寮に引き上げようと考えたからだ。  司書に借りた本を全て渡し、個人カードにスタンプを押して貰うと踵を返して図書室の出口ヘさっさと向かい廊下に出た。  学園内では学年ごとに校舎が違う為、食堂や図書室の様な学年に関係なく生徒が集まる場所と寮以外は他学年と出会う機会は殆どない。残りは各校舎を繋ぐ渡り廊下、それに面している中庭辺りが、予防接種を怠った犬の様に所構わずキャンキャン吠える迷惑な相手に会いたくなければ近寄らない方が良い場所だろうと彼女は考え、残念だが図書室にも当分寄り付かないようにしようと思いながら早足で1年学年の校舎に戻ろうと足早にその場を去る。  しかし・・・ 「よう。1年生、今日は本は借りて無いのか?」  渡り廊下に差し掛かった時に聞き覚えのある声に呼び止められる。 「・・・・・・」  昨日の令嬢たちに責められた原因になったアインス・カートレットが曲がり角で腕組みをして立っていた。 「なんだ、もう飽きたのか。それともやっぱり女だから経済や商業の本なんか解らなかったんだな」  口角を上げ、人を小馬鹿にしたような表情で肩を竦める彼の姿を見て、『誰のせいだと思ってるのよ』と言いたかったオリヴィエだったが、 「アボット男爵が嫡女、オリヴィエ・アボットが西部辺境伯領御子息アインス・カートレット様にご挨拶申し上げます」  そう言って深く膝を折り、頭を下げる姿勢を取った。 「なんだ、こないだと偉く態度が違うじゃないか」 「・・・・・・」  彼はオリヴィエ側からすればこれ以上関わりを持ちたくない相手だ。  故にこの挨拶は例え学園内であっても爵位に差がある以上、馴れ馴れしくして欲しくないという意思表示のカーテシーである。  云うならば言外の拒絶。  但し伝われば、の話ではあるが。 「ハハッ。何だ学園内でそれ程畏まらずとも構わないんだぞ」 「・・・・・・」  此方の意思が伝わりそうにないことに内心舌打ちをするオリヴィエ。  元々空気を読む必要が無い立場の人間は、弱者の事など気遣わないのだと言うことを彼女はこの時嫌と言うほど知る事になった。
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