86. オリヴィエ・アボット⑪〜逃げ道?

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86. オリヴィエ・アボット⑪〜逃げ道?

 カートレット王国は東西北の3方を山脈に囲まれており、それぞれ3つの辺境伯家が隣国との境界線を守っている。  どの辺境伯も王家との繋がりが強く西のカートレット家現当主は王弟である。  北は国王陛下の叔母が当主を務めていたがあまりにも北側の範囲が広く王弟が臣下に降ることが決まった時に分割して西方面を甥に任せた形を取ったため一番新しい辺境伯家となる。 ×××  この国の貴族の婚姻は各爵位から見て上下2位までが妥当とされていて、伯爵位なら上は公爵家迄、下は男爵家迄と守備範囲が大きくなる。  国防の要である辺境伯家は本来なら侯爵位辺りが妥当なのだが、婚姻相手を選ぶ時の基準が狭くなるのを防ぎ自由度を上げる為に作為的に伯爵位と定められているのだ――因みに騎士爵や文官爵は準男爵と同じ扱いなので対象にはならない――  王族や高位貴族が貴族しか婚姻相手に選ぶ事が出来ないことに対して近年賛否両論あれど、理由の一つに貴族の家系図がある。  先祖代々受け継がれる家系図は婚姻した者同士の繋がりがハッキリと判るようにしているため、他国との繋がりや本人の病歴、死因等までが一目でわかる。  また、予期せぬ近親婚等も防げるという利点はかなり大きい。  高位貴族は家系図も長く、詳細は王家も把握し神殿で確認もできるので本人達の身元や血統も明らかである。  貴族達がより高い家格の婚姻相手を無理にでも望むのはこういった理由もあるのだ。  子爵や男爵家になると準貴族や平民との婚姻も可能だがその場合相手の平民が大商家等の上級平民に限る――しかも国が認め家系図があるような裕福な平民――と定められている。  オリヴィエの祖父は国を代表する様な大商家の代表であり、上級平民だったため彼女の母はアボット家に第2夫人として迎え入れられた。  故に『平民混じり』と彼女が揶揄されたとしてもオリヴィエ自体の血統は国によって保証されており、例え伯爵位の最上位を占める辺境伯家であっても彼女は婚姻の対象となり得る。  その為、アインスの婚約者が牽制を掛けてくるような事態に発展したのだ。  彼女達とてただの間抜けではなく、危険な芽は早めに排除したかったのだが・・・ 「お前、俺の自称婚約者とやらに絡まれてるらしいな? 噂になってるぞ」  頭を深く下げるオリヴィエに向かって、彼がその頭の上から言葉を続ける。 「いっそ、お前が俺の婚約者になってみるか?」 「???」  頭を下げたままなので、視線は当然だが磨かれた大理石のマーブル模樣に固定されていたのだが、オリヴィエは彼の放った言葉が脳の表面を滑ってゆき理解が出来ないまま首を捻った。 「言ってる意味が分からないのか。つまりお前が婚約者になるという事だ」 「へ? 誰のでしょうか?」  思わず耐えきれずに頭を上げたオリヴィエに向かって 「俺のだ」  と。  多分16年に及ぶ人生において1、2番を争えるくらいには自分にとって苦手な男がそう言って口角を上げたのがオリヴィエの視界に映った・・・。 「そうすればこれ以上揉め事は起こらんだろう?」  ――いえ。これ以上の揉め事が起こる気がします、とオリヴィエは口にできずにそのまま固まった。
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