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その夜、湯浴みを終えたおれはマウォルス様の執務室を訪れた。そこは書斎と繋がっていて、くつろげるようなソファセットもあるのだ。
「ジューノ、どうしたんだ?もう寝ていていいからな」
「寝る前にどうしても、マウォルス様の顔を見たくなって……よかったら、一杯だけどうですか?」
侍女に頼んで晩酌の用意をしてもらっている。いましている仕事も絶対に今日じゃないといけない訳では無いと家令にも確認済みだ。
おれはほとんどお酒を嗜まないけど、マウォルス様はけっこう好きらしい。身体が大きいせいか正体を無くしたところは見たことがないので、酔わせて襲う計画は初めから諦めている。これは、あくまでも導入だ。
「ジューノも飲むのか?珍しい」
「たまには一緒に、と侍女が用意してくれました」
ソファに隣り合って座り、マウォルス様には好みの蒸留酒を、自分には甘めの果実酒をグラスに注いで乾杯した。こくっと飲み込めば、甘くてとろりとした液体が喉を通って、わずかな酒精が鼻を抜けた。
「ん……美味しい。最近、ゆっくり話す時間もなかったから……。嬉しいな」
「あっ、あぁ……そうだな。今日も出かけられなくてすまない」
「マウォルス様は真面目だから、無理していないか心配になります」
軽い会話をしながらおれはマウォルス様の杯を満たし、自分もどんどんと杯を進めた。一杯だけ、なんて言葉のあやだ。簡単に酔わないはずのマウォルス様も、心なしか目元が赤い。よし。幸先はいいぞ。
おれはゆっくりと息を吐き、少し潤んだ葡萄色の目でマウォルス様を見上げた。寝間着の上に羽織ったガウンを肩から落とす。
「はぁっ。おれ、酔っちゃったかも……。マルスさま、抱っこして?」
「ん゛ん゛っ。……部屋に運んでほしいのか?」
「くっつきたいの」
羞恥に心のなかで血を吐きながら、マウォルス様に甘える。いい感じに顔に血が上り、酔っているように見えるだろう。おれは酒に酔うとすぐ寝てしまうので、今日はすごく薄めたものを用意してもらっていた。名付けて酔ったふりをして誘惑!作戦なのである。
マウォルス様ににじり寄れば、諦めたように脚の上に乗せてくれた。逞しい太腿の上で横座りになって顔を見上げると、マウォルス様は眉間に力が入って怒っているような、けれど眉は下がって困っているような複雑な表情をしていた。
なんか変な顔してるけど……大丈夫。引いてはいないはず……!
おれは再び気合を入れて、いつもより格段に近い位置にある唇にむちゅっとキスをした。
「――!」
「えへへ、ちゅーしちゃった」
マルスさまの唇、やわらかーいと言いながら何度もバードキスを繰り返す。マウォルス様はなぜか硬直して微動だにしない。
(わ〜〜〜、恥ずかしいよ〜!だいぶ歳下だから許して!!)
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