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「おめでとうございます、ジューノさん。あなたのお腹の中には赤ちゃんがいますよ」
「――へ?」
「そういうことだ。ジューノ、これからはもっと自分の身体を大事にしてほしい」
「えぇぇぇえええ!?」
え。赤ちゃんって、子どものことだよね?おれと……マウォルス様の。わぁ……
「すごい……」
おれが驚きすぎてポカンとしている間に、医者は栄養剤を処方して帰ってしまった。
マウォルス様はおれが倒れたという知らせを受けて、仕事を中断して帰ってきたらしい。申し訳ないけど、おれのことを最優先に考えてくれている事実に心がぽっと温かくなる。
おれはまた、マウォルス様に甘えて寝台の上で横抱きにしてもらっていた。マウォルス様の腕の中は、この世で一番安心できる場所だ。
「ごめんなさい。全然気づかなくて、おれ……」
「いや、いいんだ。でも酒を飲もうとするのだけはやめてくれ」
「――あ!ほんとだ!おれ、飲んでましたよね!?え、どーしよ……」
「安心していい。あれは気を利かせた使用人が準備した果実水だ」
え、お酒じゃなかったの?全然気づかなかった。ていうか、もしかしなくても姉上は知ってたな……?
これからはマウォルス様もおれに合わせて禁酒してくれるらしい。飲むの好きなくせに……そんな優しさにもつい嬉しくなってしまう。
「嬉しいですね、マウォルス様。おれ、元気な子を産めるようにがんばります!」
「そ、それで……ジューノ。そろそろ……その、他人行儀な呼び方はやめないか?話し方もくだけている方がいい」
「え?でもどうやって呼べば?」
「あ゛~~~、ほら、たまに呼んでくれるじゃないか。せ……のとき、愛称で」
「え?――――――あ!」
頬を赤らめているマウォルス様の言いたいことを理解した瞬間、こっちまで真っ赤になってしまった。
確かに自分でも気づいてはいたのだ。
初めは発情期で前後不覚になった状態で自然と呼び始めたマウォルス様の愛称呼びは、いつの間にか肌を重ねるときの定番となっていた。
呼びやすいし、甘えやすくて僕も気に入っていたんだけど……いざ普段から呼ぼうとすると気恥ずかしくて気づかないふりをしていた。
でもマウォルス様が他人行儀に感じるのなら、変えたほうがいいだろう。
「わかり……わ、わかった。ま、ま、マルス様」
「あぁ……嬉しいな」
慣れない話し方でぎこちなくなったけど、マウォルス様は本当に嬉しそうに表情を緩めた。間近で顔を見上げて、つい見惚れてしまう。おれの番は、なんて美しいのだろうか。
「マルス様に似るといいな」「ジューノに似るといいな」
発言が被って、同時にフッと吹き出した。生まれてくる子どもがどっちに似ていても、はたまた似たところがそんなになくても、おれたちは我が子を世界一愛おしく思うに違いない。
その後、やっと親としての自覚を持ち始めたおれたちは、それはそれで散々に悩んだり迷ったりして過ごした。
悪阻がひどくて果物しか食べられなくなったおれに、マウォルス様が果樹園ごと買おうとするのを慌てて止めたり、体調がいいときにおれが口淫を極めようとするのをマウォルス様が慌てて止めたり……
そんなエピソードが量産されたのは、また別の話だ。
十年後のアヴェンティーノ伯爵家がずいぶんと賑やかになる未来を、おれはまだ知らない。
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お読みいただきありがとうございます。
おもちDXです。
貧乏貴族は○○したい!はこれにて完結です。
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ではまた、新作でお会いしましょう。
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