君の為に

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君の為に

──ニンニクオイルの匂いに包まれながらフライパンを操る。 今はお昼時。一番忙しい時間だ。 カルボナーラにボロネーゼにボンゴレロッソ。オーダーを確認して3つのフライパンを操りながらサラダを盛り付けスープとコーヒーも準備する。 厨房を横に蟹歩きをして移動したり前後に反転したり、止まりかけのコマのように回転しながら料理を完成させていく。 そろそろ私のあだ名が阿修羅になるかもしれない。 次々舞い込んでくるオーダーに私はいよいよ7本目の腕が生えてくるかと思った。そんな時だった。 オーダーテイカーの女性が厨房に顔だけ出してきた。 「──今のオーダーでピーク終わりで〜す」 私は返事をして疲れで軽く息を吐く。 ピークを過ぎれば後は腕一本でもできるような作業しかない。 腰に手を添えて後ろに仰け反る。 人気で忙しいのは大変結構で素晴らしいことだが厨房に立つ私は純粋に喜べないでいる。 しかし私が楽になるときは店長が頭を抱えるときだ。 優しい私はそんな姿の店長を見たくない。優しい私は阿修羅とあだ名が付くのを甘んじて受け入れた。
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