好みの味

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好みの味

「おはようごさいまーす」 職場の裏にある勝手口のドアを開けるとオリーブオイルで熱されたニンニクのいい香りが鼻に入ってくる。 「おはようございます。美香(みか)さん」 奥の厨房から店長が顔を覗かせてきた。 「なにか作ってるんですか?」 私は荷物などをロッカーに仕舞って指定エプロンを手早く着ながら聞いた。 「お腹が空いちゃってね、朝ごはんのパスタですよ。美香さんも食べますか?」 昨日数口飲んだコーラが最後の食事だった私にとってはとても嬉しいことだった。なによりタダ飯できるのが嬉しく、私は悪魔の笑みを隠して天使の笑みを偽ってお願いした。 ──調理師の専門学校を卒業した後、私はこのイタリアンの店に就職した。元々パスタが好きだったのもあるが、私が働くこうと思ったこの店には特別な思い出があった。 学生の頃の私は少し尖った考えを持っていた。その考えというのは、 『安い食材の料理には限界があり、その限界を超えられるのは技術ではなく、高い食材だけだ』 というものだった。
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