第2話 工藤孝徳

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第2話 工藤孝徳

 事故から2年が経過し、僕は18歳になっていた。    愛する人を失い、生きる意味を無くした僕は、事故の日以来、自宅のベッドで過ごすだけの日々を送っていた。 学校に行かなくなり高校を中退した。  千鶴(ちずる)が紹介さしてくれた高校卒業資格が取れる通信制の学校に通う事にした。この学校は、オンライン授業に出席し、課題を提出すれば単位が取れる仕組みだ。また、通信制から通学に切り替えることができ、芸能人にも人気が有った。これは千鶴の請け合いだ。  事故以降、こうやって海を見つめ、あの日の君を探す事ができるようになったのも千鶴のお陰だ。  8月にもなると日差しは強く、海から離れた砂浜でも肌が焼けるほどだ。  「孝徳(たかのり)!おいっ、孝徳!」 僕は後ろから頭を叩かれ、あまりの痛さに片目を閉じ涙目で振り向くと、仁王立ちしていたオヤジさんが、涙でくぐもった瞳に映った。  怒っているようにも呆れているようにも感じ取れる表情だ。 「オヤジさん、なんすか?」 「なんすかじゃねえよ。しっかり働け!」 僕は「はぁい」と空返事をし、重い腰を上げた。  強い日差しが穏やかな波に反射し、眩しいくらいに目を焼く。眩しさに手の平を額に当て、反射した光を遮ると視力が回復した。  振り返るとオヤジさんは海の家の軒下まで進んでいるのがわかった。 「ちぃちゃん、いつもいつも悪いね。孝徳が働かないから迷惑ばかりかけていて」    オヤジさんは、僕にわざと聞こえるくらい大きな声で、控え室にいる本田千鶴に話していた。二言三言話し声が聞こえていたが、オヤジさんも控え室に入ったようで、パタリと会話が聴こなくなった。  ザザ、バシャンと波の音が聞こえるくらい辺りは静かになった。僕は穏やかな波をもう一度見ると、早足で海の家へ向かった。  店内を通り控室に入ると、オヤジさんと千鶴が2人用のテーブルを囲み、楽しそうに話していた。僕が入って来たのを気づかないふりをしているのが見え見えだった。  僕が「すまない」と言うと2人は横目で睨み、再び楽しそうに話し始めた。  僕はバツが悪く、店内に出ていった。濡れたタオルでテーブルや椅子を拭いて回った。  学校が夏休みの間、僕と彼女の千鶴は、僕の祖父が営業している海の家に、泊まり込みでバイトをしている。  3食昼寝付きで日給12,000円は良い稼ぎになる。  千鶴は小遣い稼ぎと言っているが、それは名目で、僕と夏休みを過ごしたいのだろう。文句ひとつ言わずに、汗をかきながら楽しそうに働いている。  僕は、「あの日の君」を探すのが目的で江ノ島に来ている。
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