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第4話 過去の記憶
2年前の9月1日。
今日は、高校一年生の二学期がスタートする始業式の日だ。
昨日の晩、長谷川希(はせがわのぞみ)と夏休み中の楽しかった思い出と新学期の抱負を話していた。
2時間も電話していたため母に怒られ、希と「また明日」と約束して電話を切った。
寝起きは最高だった。
希との電話を思い出しながら、僕は制服に着替え洗面所で顔を洗うと、ダイニングへ入るドアを開けた。
「おはよう」
僕の声に誰も気づかなかったらしい。
いつもは妹の杏子(あんず)が真っ先に「おはよう」と挨拶し、母と父は同じタイミングで「おはよう」と言う。
今日の家族はいつもと違っていた。
父、母、杏子はリビングのダイニングテーブルに既についていて、父と母が食い入るようにテレビ画面を見ていた。
杏子はスマホ画面をひたすらタップしている。
父や母の表情は、何かを心配しているような悲しんでいるようにも見えた。
僕はリビングまで来ると再び挨拶をした。
「おはよう」
一斉にみんなの視線が僕に向いた。
父、母は、悲しそうな辛そうな視線を僕に向け、杏子は席を立ち涙を浮かべていた。その涙は頬を伝い流れて行った。
杏子は僕の前まで来ると僕を見上げ辛そうに言った。
「のんたんと連絡がとれないの」
杏子の目から大粒の涙がポロポロ落ちて行った。
「先程、長谷川さんのお母さんから連絡があって、杏子が希ちゃんと一緒に登校していないかって、心配していたわ」
母は涙を浮かべキッチンへ向かっていった。
父は再びテレビ画面に目を向けると、僕もテレビ画面に目を向けた。
テレビ画面には交差点が映し出されていて、トラックの先に横転したバスの腹側が映し出されていた。次々と画面が切り替わり、上空から映し出された映像や消防隊員がバスの乗客を救助している画面が映し出されていた。
「あのバス、のんたんがいつも乗っているバスだよ」
杏子の声は弱々しく、最後の言葉は聞き取れなかった。杏子は座り込み泣き崩れた。
僕は腕時計で時間を確認した。希の通学時間とピッタリ合っていた。
玄関を飛び出しマンションの駐輪場へ向かった。駐輪場に止めてある自転車に乗ると無我夢中でペダルを漕いだ。
事故現場には人だかりができていて、遠くから見るだけでは状況を確認できる事はできなかった。
僕は人だかりが少ない反対側まで、人をかき分け進んでいった。救助隊隊員達はバスの天井の一部を切断し、そこから救助していた。バスに開けた穴の近くまで行き中の様子を見た。車内は薄暗かったが、悲惨な状況だと分かった。
希が乗車していたのか、無事なのか救助隊員達に聞き回った。希の名前を何度も呼び探した。
僕はスマホの着信音で我に戻った。
スラックスのポケットからスマホを取り出すと杏子からの電話だった。
電話に出た杏子は、希の名前を何度も何度も繰り返していた。
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