1.中秋の名月

1/1
前へ
/5ページ
次へ

1.中秋の名月

その少女に出逢ったのは、一際月の綺麗な夜の前夜だった。もう時間はすでに子の刻を回っていて、他の家から溢れる光も消え、誰もが寝静まった夜だった。 明日の月は、今日のそれはいつもと特別違うもので中秋の名月、と呼ばれるものらしい。竹取物語という、貴族が寝殿造りの屋敷で優雅に暮らしていた時代に書かれた物語には、その日かぐや姫という姫君が月の都に帰ったという話が書かれている。近所の人の会話から一年で一番月が綺麗に見える、なんて話が聞こえ今年もその時期がきたか、と思ったが、少しも心は動かなかった。この山には月見石、と呼ばれるものがあり、それを求めて月の神様がやってくるという噂は少し気にかかったが、ただの噂だろう。唯一の家族であった親父が死んでから、あれだけ鮮明に思いだせるほど楽しみにしていた月見すら避けるようになってしまった。辛い記憶を思い出す前にさっさと寝てしまおう。そう思い、暗闇から隠れるように布団を頭から被った。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加