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―――交流を深めていくうちに"八木唯は新野俊哉に惹かれている”、と自惚れではなく確信を持ち始めた。
素通りしようとする唯を見れば目が合う。愛おしくて、実に奥ゆかしい唯に新野はニッコリと微笑むのだが、彼は恥ずかしがってすぐ顔を逸らしてしまった。
(照れ屋だなぁ)
けれど偶然にしては唯からの視線を感じることが多く、明らかに意識されているのだと思った。
授業中も、たまに寝たふりをしていてもその耳が新野の声をとらえているのも分かっていた。
だから慌てる必要はない。
大切に育てていればそのうち八木 唯(運命の番い)の方から転がり落ちてくれると…
それがいかに甘い考えだったか思い知らされるまでは―――。
「ただいま、唯君」
すっかり帰りが遅くなってしまった。
今日はもう眠ってしまいたいが、風呂に入らなければ「汗臭い!」と唯に叱られてしまう気がしてシャワーで一日の汚れを洗い流す。
その後は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、パソコンに送られてきたメールを開く。
(ふーん、なるほど…)
唯の個人情報を知るには限界というものがあった。だからわざわざ探偵なんてものを雇い、可能な範囲で八木唯について身辺調査を依頼していた。
そして新たに届いたのは、唯の唯一の肉親である母親についての報告書だった。
彼女の離婚理由。それから極度のΩ嫌いであり、オメガ特別補助金制度で支給されている金を自分の娯楽に使っていると、知りたくもない知らせであった。
「………」
けれど唯は毎日ちゃんと抑制剤を服用している。三カ月経った今も匂いを感じなかったのだから間違いない。
【……唯が自由に使える金はどこから?】
やたらと多い添付ファイルに嫌な予感が走る中、覚悟を決めてカチッと一枚の画像を開いた。
「……、なるほど」
深くフードをかぶった少年と、その肩を引きホテルに入っていく中年らしきサラリーマンのツーショット。
綴られたのは、自分を一晩売るには安い料金だった。
「ねぇ唯くん?俺は今すぐこの男をネットに晒すことも出来るけど、君は誰も不幸にしたくないって話したよね?君の中じゃ俺と……このクズ野郎は同列なのかなぁ?」
新野はただカチカチとマウスを動かしていた。無表情のまま、唯の部分を傷つけないよう画像編集で男と切り分けて専用のフォルダに保存する。
不器用な笑顔、困ったような顔
貴重な私服姿から、かわいい寝顔までー……
そんな彼ら《唯》にそっと微笑む。
「こんな薄汚い奴から貰った金で抑制剤を買って、君は幸せかい?」
ラフな格好と帽子なんかで変装したつもりなのか?こんなことが学校にバレれば大問題だってのに。
唯の言い分は全部聞き入れてあげたいし信じてあげたいが、浮気…、それも売春だなんて真似は弁護しきれない。
「……酷いこと言って、ごめん。だけど俺だって唯君に不幸になって欲しくないんだよ。それに今の俺は……君が運命じゃなくてもいいやって思ってた」
長年に渡り新野を悩ませ苦しめた抑制剤の副作用が、どうしてか陰を潜めるかのように消えてくれた。
Ωのにおい…というのはまだ分からないが、とっくに唯の性別もバース性もどうだってよくなっていた。
八木唯に惹かれたきっかけが、フェロモンでもなんだって構わない。
何故なら俺は、"八木唯"という存在に猛烈に執着して、こんなにも日々を謳歌している。
「こんな気持ちになったのは、生まれてはじめてなんだ…」
拡大した写真(唯)の頬を愛おしげになぞり、よしよしと熱っぽく、まるで本人が目の前にいるかのように穏やかに語りかける。
誰にも唯君を奪われたくない、犯させたくもない。
大事な君を外敵から守ってやらなければ、と使命感すらある。
その為には、邪魔なものが多すぎる。
「遠慮なく俺を頼ってくれてよかったのになぁ。どうしたら俺は君の信用を勝ち得るんだろうね?」
可愛さ余って―――とは、まさにだ。
こんな身近に"α"がいるのに気づかないなんて鈍いにもほどがあるとは思っていたが、新野がαの機能をずっと眠らせていたように、唯は長年の家庭内環境のストレスでΩの感覚が麻痺しているに違いない。
まだ憶測の段階だが……。
「――――― そうだね。まずは好きや愛だなんて曖昧で不安定な言葉より、君が一番知ってるモノで縛ってあげよう」
Ωとのトラブルが原因で離婚を突きつけられた母親が、息子を罵る台詞くらい予想がつく。
可哀想だ。既に再婚のチャンスすら見失った醜いババァに言いたい放題言われて、さぞかし虐められているのだろう。
けど、もう大丈夫だ。
そんなに俺を不幸にしたくないなら、心変わりなんてない罪悪感で身も心もを満たして、俺を愛せばいい。
「君の手で俺は どん底まで 幸せ《不幸》になってあげる」
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