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存在が許される、それも衣食住が揃った生活だった。
俺を受け入れて大事にしてくれる番い。
リモート学習でも出来たΩの友達たちに、朝走ってると挨拶してくれる近所のおっちゃんと連れてる柴犬。
俺を助けてくれた佐伯さん芦屋さん…、職場のみんな…
(けど知らないからだ…)
誰もが俺を、卑しいΩだと思ってない。
気づかれる前に もっと一人で、遠くに行きたい…
「…………、っ、痛゛」
夢中になってディルトを動かしたせいだ、どこか傷つけてしまったのかもしれない。
けど前と同じだ。一人きりの発情期が終わると痛みと虚しさ、漠然とくる寂しさに襲われた。
(お腹すいた…、眠い…)
芦屋さんが馬鹿みたいに買ってきたカップ麺にお湯を注ぐのも煩わしくって、箱買いしていたスパウトパウチの飲むゼリーを手に取って口つけた。味は、あんまり感じないけど……ほんのりマスカット味の気がする。
(大丈夫だ、こんな生活にも慣れる日が来る)
むしろ遅かったくらいだ。
発情期ですっかり憂鬱になってしまったけど、明日になれば普通に食欲が湧いて頭もスッキリする。なにより仕事があるんだ。
(せめて疲れた顔を見せないように……)
心配されるのは嫌だ。
ゼリーを飲み干した後は布団を引き寄せてそのまま眠った。
「八木君?何か嬉しい事でもあったのか?」
「え、や……?別に」
発情期が終わって四日後。
今夜も晩飯を食べに上がり込んできた過保護な芦屋さんはジト目で俺を見ているが本当に何もない。
強いて言えば、今日はスーパーで冷凍の大エビ(大容量)がお得品になってたおかげでエビマヨサラダが作れたくらいだ。
「まぁ明るくなったんならいい。ちょっと前までは死にそうな顔してたからな」
「あれは、発情期で……その……」
「分かってる。俺も君に深くまで問い詰める気はねぇよ」
「…………」
”君に”、という言葉が癇に障ってしまうのは何故か。
子供の意見はいらないって事か?
そもそもこの人と佐伯さんの関係性を俺は聞かされてないけど、αとΩの問題にβだけは無関係でいられる。誰よりも気楽でいられるんだ……。
「でしょうね、聞いたところで発情期どころか、俺の話なんて面白くありませんよ」
「八木君?」
「βじゃ、何も分かりませんよ」
最初は「佐伯の命令でお守りを任された」と不満を言っていたけど、新野さんと佐伯さんが籍を入れてからは「ムカついたから俺もしばらく田舎に住むわ」に変わった。
それからは二人と連絡を控えてるって言ってたけど……本当かどうかすら俺は知らないし、この人が俺を気にしてくれる理由が一番謎だった。
「俺の両親は、二人ともΩなんだわ」
聞き間違いか?と思った。
顔色を変える事なく、ズズッと…味噌汁をすすりながらの言葉が信じられなかった。
「二人とも番いに捨てられて居場所を無くしたΩだ、別に珍しくねぇよ。Ω同士なら拒絶反応もでねぇからな」
「……」
まぁ世間の目は冷ややかで学生時代はなにかと苦労はしたけどな??なんて、何を思い出したのかケラケラ笑っている。
「確かに俺はβだけど、君の苦労も少しは分かってやれる」
「……なわけ、ないだろ…」
「八木君?」
違う。
芦屋さんにはやっぱり分かるはずがない…
「分かるはずない…だって、アンタはたくさん愛された人だ……」
そして相手への返し方も学んでいる。
愛して愛されてきた、苦労はあっても両親から沢山大事にされてきたって馴染み出てるよ。
そうでなきゃ………羨ましいと思うわけがないじゃん
「じゃ、あんまり抱えすぎんな?」
「心配されるほど抱えてない……ません」
「……ま、窮屈だろうけど、もうちょい我慢してくれや」
「その、もうちょいっていつまでですか?」
ツ~ンッと俺も子供染みた態度をとってしまった。
やってしまった、俺がこんな態度だから余計に芦屋さんから子供扱いされるってのに……。
なのに返ってきた言葉は意外にも、「すまない」の謝罪だった。
「八木君を子ども扱いするより、俊哉と佐伯の方がずっとクソガキだったわ。しかも大人なぶんもっと質が悪い」
「え」
「今度会った時は殴っといてやるよ」
なんて明るく笑って玄関の方を向いた。
けど「待って」と呼び止めたのは、俺の方だ。
―――――この人は、とても大人だ。
いい事も悪いことも全部見極めて返事をしてくれるし、その考え方を強要することもない。
「ん?」
「エビまだ沢山残ってるから、明日はエビチリでいいですか?」
「あぁ、もちろん」
「あと…その…、分かんないって言って…傷つけて、すみませんでした」
頭を下げればくしゃりっと撫でられた
―――――…
無害な笑顔には裏表がなくって、俺はずいぶんと不器用な笑顔を作ってしまった。
「ほんとにヘンな人だ。うん……分かってる、俺だって嫌いじゃない……」
完全に怪しい人間だ。だけど俺は今一人暮らしなんだ、ごろんと横になって小声で独り言を呟くくらいは見逃してほしい。
俺が大事に手に持っているのは今日も投函されていた白いハガキ。
差出人の名前はないけど……ほのかに香ってくるにおい……
それをうっとりと見つめて大事に抱え込む。
【必ず迎えに行くからね】。
何度も見た綺麗な手書きの文字
「せんせい………、」
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