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ホワイトノイズに近い音だという判断だった。彼のドラム缶を重ねたようなボディには幾つかセンサーが取り付けられていたが、人間の頭部を模したそれの左右に耳の代わりに音を感知する為の小型マイクが埋め込まれていて、それが先程からずっと、その轟々という音を拾っている。
カメラは三つが一つのセットとして顔部分の中央に付いていたが、それが捉えているのは雲だ。とても厚い。そこを時折雷鳴が走る。状況としては悪い。しかしそれについて仲間たちの誰も声を上げない。そもそも彼らに対して仲間という言葉を使うことが適切なのかどうか、彼には判断がつかなかった。
今彼らが乗っている金属製の巨大な箱は時速四百九十キロで地上八千メートルを飛行中だ。けれどその旅はあと十三分で終わる。
「準備」
無機質な声が艦内に響くと、彼以外の他のロボットたちはそれぞれ電圧を上げ、稼働モードへと移行する。コンマ一秒遅れで彼の通信ネットワークに複数の味方ロボットの信号が灯った。どの機体も彼のように無駄なエネルギィは消耗しない。無駄、という概念を持っているかどうかも疑問だ。けれど仮に今この飛空艇が停止するなり爆破するなりすれば、彼らの対応は二手三手と遅れることになる。緊急用に誰かはやはりスタンバイモードで非常時に備えておいた方が良いのではないかという思考の断片が流れたが、それは華麗に無視され、データの彼方に廃棄された。
「降下までカウントダウン開始」
微かに開いたハッチの窓からはまだ分厚い雲が見えるだけだ。おそらくこの中にそのまま放り出されるのだろう。誰もそんなことに対して疑問を抱かない。
「十、九、八――」
彼は小さなバックパックを装着し、ギシギシと軋んだ稼働音を立てながら列を形成する仲間たちの最後尾に付いた。
「五、四――」
大きくハッチが開くと同時に、突風が入り込む。その風圧にバランスを崩した数体がまるで巨大なクラーケンの触手にでも掴まれたかのようにして格納庫から外に放り出された。しかしカメラや頭部が僅かに動いた程度で、どの一体としてそれを助けようとはしない。見慣れた光景とはいえ、彼はどうにも落ち着かなかったが、そうこうしているうちに、
「ゼロ――降下開始!」
号令が出され、仲間たちは次々と飛び降りていく。彼もその波に押し出されるようにして中空に飛び出すと、全身に掛かる重力と圧力を感じながら高度予測にメインメモリを大きく与えた。
地上から見上げたなら、多くの白い花が空に咲いたように見えたことだろう。ただ中には上手くパラシュートが開かずにそのまま落下し、煙を立ち上らせている機体もあった。そもそも降下地点は平原でもなければ砂漠地帯でもない。完全に彼らの期待は裏切られ、大きく引き裂かれた大地の上で、大量のコンクリートや錆びついた金属が広がっている壊滅都市の一部だった。
運良くパラシュートがどこにも引っかからず、足元が崩れない場所へと辿り着けた者は背中の使い捨てバックパックを切り離し、すぐに任務に入る。彼らの任務とは調査であり、解析であり、環境の復元であった。
西暦――という、かつて人類が使っていた紀年法によれば約三千年に相当する。その地球上に人類の姿は一人として確認出来なかった。視界に広がるのは割れて大きく破損した道路が大蛇のようにうねり、ところによっては山のように隆起し、鉄骨が剥き出しとなり、別のところでは闇に沈んでいる。そこかしこを覆っている水面はどす黒く、腐臭を放っていた。
無事に降り立った彼はそこを避け、コンクリートのジグソーパズルをばらまいたような地面を注意して、歩行していく。
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