第7話 GSX250SKATANAの華麗な動き

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第7話 GSX250SKATANAの華麗な動き

 あ〜あ、果てしない〜♪  俺のスマホから着歌が流れる。 「俺のハニーからだ」 『もしもし、早くお店を手伝って!』 「わかった。今から行くよ」  俺はメットの顎紐を掴み財布とスマホを後ろポケットに突っ込みボロアパートを出た。 「それにしてもスーパーカブに乗るなんて柄でもねぇ」  新藤モータースに着くとシャッターの前でおやっさんのGSXに並んでKATANAが並んでいる。  みゆきは•• ライダースーツのぽっこり膨らんでいる胸の下で腕を組んで足をパタパタと踏んでいる。不機嫌なのがよくわかった。 「ようハニー」 「ふんっ」  みゆきは徐に缶コーヒーを俺に投げた。 「お疲れ様」 『なんだこのギャップは?』  俺はありがたくみゆきがくれた缶コーヒーのプルトップを開け一口飲んだ。 「甘っ!お前が入れてくれたコーヒーが飲みてぇ」 「ダメよ」 「なぜだ?」 「この2台並んでいるGSXがわからないの?」 「えっ〜と、ツーリングか?」 「ちがーう!」 『こいつの不機嫌さはこれか。チューンしてくれたバイクのテスト走行だな』 「わりぃわりぃ。お前のあま〜い液体をのんだら出発だ」 「いやらしい」  俺達は城藤峠に向かった。  峠の麓に着くとみゆきはバイクを降り俺の前に立つ。俺もバイクを降りメットを脱いだ。 「これからテスト走行をします」  丁寧な口調で話し始めるみゆきに口を挟んだ。 「メット脱いで話せよ」 みゆきの目が見る見るうちに細くなる。 『こいつの話を妨げると雷が落ちるんだっけ』 「メットは頭を守る鎧です。不用意に脱ぎません。まずあたしが走ります。走り方を視覚で捉えて下さい」  みゆきはそい言うとバイクに跨りエンジンをかけた。  キュルキュル、ブュン、ブュン、ブゥ、ブゥ、ブゥ  俺もエンジンをかけた。  キュキュキュル、ブォン、ブォーン  みゆきの後を追い走ると•• 久月さんのNinjaと同じ走りをしている。いや、みゆきの方が優雅に舞、時には力強く突く。そんな走り方をしていた。  頂上に着くとみゆきはメットを脱ぎ微笑んだ。 「どうだった?」 「お前誰から習った?」 「習ったと言うか、親父から盗んだ」 「おやっさんから?」 「うん。そうだよ」 「今度は真一の番。頑張っていこー」  麓に降り、今度は俺が先行した。  みゆきのチューンアップで確かに走りやすくなった。しかし、車体がいう事を効かないのは変わりない。 「真一、ガッチガチだよ。もっと力抜かないと疲れるでしょ」 「疲れると言うか車体がいう事を効かない」  みゆきはう〜んと畝り笑顔になった。 「バイクはね、あたし達の体で動かすんだよ。バイクは原動力。車も同じよ。コーナーリングは自分の体をコーナーに合わせ動かせばいい。バイクはその動きに合わせて付いてきてくれる。真一はバイクにしがみついて無理やり体を動かしている感じが見てとれるわ。バイクを軽く支えてみて」  それからみゆきの特訓が始まった。新藤モータースに着いたのは日が暮れ始めた時間だった。  俺はいつもの席に座り肘をついて今日の動きをトレースした。 「お待ちどう」  みゆきの手料理だ。 「上手い。みゆきの手料理は格別だ」 「ありがとう。ダーリン」 「はぁ?」  みゆきがニヤッとした時は危険信号だというのも教訓の一つだ。 「なぁ、Ninja」 「あ〜あ、泉ちゃんね」 「泉ちゃん?」 「あたしの後輩。天塩を掛けたのよ」 「お前の方がラインディングは良いと思ったが、似ていたのはそういう事か」 「そろそろね」  玄関のチャイムが鳴り、みゆきがは〜いと言い玄関口に行った。  先輩お久しぶりですとかこんばんはと言う挨拶の後、みゆきに続いて結城と久月さんが上がってきた。 「お邪魔しま〜す。こんばんは」  微笑む久月さんとは対照に、結城達也はむすっとしていた。 「二人とも座って」  みゆきの勧めで二人並んで座ったが、結城の目は変わらず鋭い。  久月さんとみゆきが和気藹々と話している間、結城の眼光は変わらない。 「どうした?」 「椎名さんずるいですよ」 「なんの話だ?」 「新藤みゆきさんは僕の憧れなんです」 「はぁ?お前には久月さんがいるだろう。何みゆきに未練があるんだ」 「達也君あたしに興味あったの?」 「はい。好きです」 「アホか」 「ごめんなさいね。まだ子供なの」  久月さんが結城の頭を撫であやしている。 「私が先輩結婚したよって言ったら怒り出して。今日は結婚とマイホームのお祝いに来たんです」  久月さんはみゆきにプレゼントを渡して、今度は俺に向き、おめでとうございますと言い包装された小さな箱を俺の前に置いた」  俺はみゆきに顔を向けて首を傾げると、みゆきはえへへと笑った。 「真一こないだサインしてくれたでしょ。これとこれに」  渡された紙の一枚はコピーだが、もう一枚は契約書と書かれていた。コピーした紙は『婚姻届届』と書かれていてみゆきと俺のサイン入りだ。  もう一つは家屋の売買契約だった。  俺は結城に睨まれ、久月さんは微笑み、みゆきは••苦笑いをしている。  俺は頭を抱えたくなった。  翌日、 新藤モータースに居候する事になり、おやっさんとみゆきにこき使われ、バイク屋の人生が始まった。
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