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「こちらが庭になります。はみ出た枝を軽く整える事と草むしりをお願いします。枝は基本的には定期的に庭師がきますのでさほど気にしなくても大丈夫です。」
ほんわかとした笑みを浮かべた中年女性のメイドが教えてくれた。とにかく言われた仕事をこなさなくてはと、いそいそと庭へ向かう。
庭は、まるで秘密の楽園のようだった。枯山水の庭が優美に広がり、砂と石の配置は大地の詩を奏でている。静寂の池の水面に、錦鯉が優雅に泳ぎ、鮮やかな花たちは四季折々の美を楽しんでいる。花々は風に揺れ、和の調和を奏で、美の魅力に包まれている。おいそれと触ってはいけないような…僕には全くわからないが、なにか計算され尽くしたものを感じる。雑草だけ抜いておくのが正解な気がした。まぁこれだけ広ければ、草むしりをしている間に仕事の時間は過ぎるだろう。
料理人たちが働くキッチンの隅にテーブルがあり、新鮮な野菜と肉を挟んだサンドイッチが用意されていた。使用人たちが熱々のポトフを注いでいた。もっと残飯みたいなものをイメージしていたが……案外おいしそう。
日の下で作業をしていたからだろうか。かなりおなかが空いていた。サンドイッチをほおばり使用人たちの会話に耳を傾ける。
「今日、洗濯物をしていたら洗剤が無くてね。前日洗濯担当だった人誰ー?と思ってシフト表見たら……あんたでしょ!?」
「え!?無かった?ごめんなさい。気がつかなかったわ……。」
「もうっ。」
他愛のない会話。それは夏希の憧れでもあった。ここの人達は夏希がオメガ性であることも、夏希がどういう目的でここに連れてこられたかももちろん知っている。それでも執拗に聞いてもこないし、無視をしたり疎んだりもしないのだ。こういう暖かさに触れるたび夏希は少しでも役に立ちたいと思うのだ。
昼も終わり、午後の作業が始まった。と言っても夏希には草むしりの他にやることが無いのでただひたすらに草をむしっていく。
こいつらだって雑草として生まれたかった訳じゃあ無いんだよなぁ……。
雑草として邪険にされ排除されてゆく草に自分を重ねてしまう。あぁダメだ。新しい世界に心が弱くなっている。
夜になるとまた、侑李さんに呼び出された。
侑李さんは今、新しい作品の制作真っ最中で懸命に取り組んではいるものの、スランプに陥っているらしい。息を軽く吐いて夏希は覚悟を決めた。まだぴんと張っている夜の空気と辺りを煌々と照らす月に夏希の肌がひりついた。
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