月夜に一人で歩くなかれ

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今日はあんまり一生懸命仕事をしていたら随分晩くなってしまった。終電には間に合って良かった。駅前は結構人通りはあるんだけど、最寄り駅から一五分もかかるウチの方までくるとさすがに人はまばら。地元とはいえ、結構怖い感じはする。前に見る人影よりも、後ろから聞こえる足音とか、恐いんだよな。この辺まで来るとコンビニとかないし。 あ、電信柱の向こう、誰かいる? あれ?高校生の頃にも、こんなことなかったっけ? なんだっけ、あのとき。ああ、そっか。あたし、あのとき初めてコンサートに行ったんだった。浮かれて帰りの電車間違えて、全然違う方向に行って、終着駅まで着いちゃって、駅員さんに説明してもらって何時間もかけてやっと帰って来たんだったっけ。お母さんは受験生のお兄ちゃんの塾の送り迎えがあるからとか、夜食作ってあげなきゃいけないとかなんとか言って、遊んでる私の迎えになんて言ってやれないとか言われたんだったなぁ。すっごい心細かったんだよね。 でも、あのときもちょうどこんな感じだったよね。なんだか涼し気な夜で、そこの電信柱の向こう側に人影が見えた。あの夜も、今日とおんなじ、まぁるいお月様が輝いていた。ほの明るい光がやさしいようにも冷たいようにも見えた。 「小暮くん?」 「あ…」 それは、小暮くんだった。卒業してから一〇年は経つのに、高校生のあの頃のまんまみたい。ま、パーカーのフードかぶってジーパンだから若く見えるのかも。 「覚えてる?あ・た・し!」 「覚えてるよ。」 「だれのこと?」 「…きみでしょ。」 「きみぃ〜?」 「…立花さん。」 「立花ぁ?…なんだっけ?」 「…里香さん、でしょう。」 「ありがとう、覚えててくれて。久しぶり。元気だった?小暮くん。」 「…うん、まぁ。」 「…うん、まぁって、元気そうには聞こえないけど。」 「別に、普通だよ。」 「あら、あたし、なんだか面倒くさい?」 「そんなことないよ。」 「そう?」 「うん。」 「なにしてるの?」 「え?あ、仕事?」 「あ…、うん。」 実はあたしは小暮くんがいまここでなにをしているのかを聞いたつもりだったんだけど、たしかに一〇年ぶりにあった同級生には近況を聞くのが礼儀かなと思って、そのままその体で話を聞こうと思った。 「まぁ…、リーマンだよ。」 「あ…、そうなんだ。」 こういう言い方する人は仕事の話を詳しくしたくはないんだよね。自分もそうだし。 「立花さんは?」 「ん、あたしも。」 「あ…、そうなんだ。」 あたしの気持ちもわかったみたい。 「で?」 「え?」 「いま。」 「いま?」 「うん。ここで、なにしてるの?」 「えーと…、通りがかり。」 「前もあったよね?」 「え?」 「高校生の頃。あたし初めて高校生のとき、初めてコンサート行った日に帰りの電車間違えてすっごく晩くにここ一人で通りかかったんだけど、そんときも小暮くん、いまとおんなじようなパーカーでこの電信柱んとこ立ってた。」 「…そんなはずないでしょ。」 「あるよ。覚えてるもん。初めてコンサート行った日だよ。忘れないでしょ。」 「いやぁ、だからって…。」 「まぁ、ここに毎日立ってるわけじゃないだろうけど。」 「でしょう?」 「うん。でも、今日もまただなぁって。」 「またって言われても…。」 「う〜ん…。でも、二回目じゃない気がするよ。」 「え?」 「そう言われると、徐々に思い出してきたんだけどさぁ、あたし、ここでこれくらいの時間に小暮くん見かけたの、高校生のあのときと今日だけじゃなくって、何回かあるよ。」 「え〜?」 「うん。そう。そうそうそう。まぁ、あたしが一人でこんな晩い時間に歩き廻るってこと自体が滅多にないからそんなにたくさんじゃないけど…、それに決まってお月様!そう、まぁるいお月様!満月が輝いてた!」 バンっ! ん…。いたい。 あ…たし、…倒…れて…る。仰…向け…に…。 さっき…、小…暮く…ん、真…正面…から…殴り…つけ…た…。 意…識が…遠…のいて…い…く…。 フードを脱いだ小暮くんは、高校生のあの頃とまったく変わらない、一〇代の顔立ちをしていた。なんか、言ってる。あたしに、笑顔でなにか言ってくれていた。 翌朝、あたしは自分のベッドの中で目が覚めた。 頭が痛い。 なんとか起き出してキッチンに行く。お母さんは少し呆れていた。 「まったく。酔っ払って倒れて知らない人にウチまで送ってもらうなんて。」 ん?あたしが昨日酔ってたって?どうやら誰かが送ってくれて、門のところに置いていかれたらしい。ふん。 んー…思い出せない。残業で晩くなっちゃって、こんな雰囲気のところ一人で歩いて帰るのやだなー、昔もこんなことあったなーって思い出してたところまでは記憶があるんだけど…。 ん?なんか、頭の後ろんとこ、おっきぃタンコブできてるし…。 あたしはあんまり深く考えずにおいた。 頭が痛かったので、念のために病院に行った。検査も受けることになった。 順番待ってると、結構時間があって、なんとなく時間を潰しがてらスマホで仕事のメールなんかを一通り確認した。 珍しく録音データが見つかった。いつの間に録音なんてしてたのか。ああ、そっか。昨日の夜、人通りが少なくなって怖くなって、なんかのときのために録音だけ開始してたみたい。随分長時間の録音データがあった。数時間で切れてたけど。これが朝起きたときはバッテリーが切れてた原因ね。 あたしは早速スマホを耳にあてて録音を聞いてみた。 数分間も経過すると、小暮くんとの会話が聞こえた。ああ、高校のときの同級生の小暮くんね。しばらく会ってないけど、どうしてるかなー、なんて思ってたら、「バン!」って強い音、誰かが倒れたような音のあとに、小暮くんがこんなこと言ってた。 「ったくさー、思い出さないで、話しかけてくれなかったら良かったのにー。ボクだって、早く通り過ぎて行ってくれないかなーと思って電信柱の影でコソコソ隠れてたんだからさー。里香ちゃん、ボクのお気に入りだからいつまでも仲良くしたいんだよねー。仲間にもしたくないけど、良い味してるからたまに欲しいんだ。また、少しだけもらって、記憶、消してあげるね。」
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