第一幕

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第一幕

 『桃太郎、十五の誕生日、おめでとう』 「爺や、婆や、ありがとう」 俺をここまで育ててくれた爺やと婆やには、 本当に感謝する他ないだろう。 だけど、俺は一つ感謝しきれないことがある。 それは俺の名前のことだ。 桃太郎。苗字もなく、ただの桃太郎。 まぁ百歩譲って桃はいいよ、そこに何故太郎をつける? センスがあまりにも気に食わない。 桃から生まれたから、桃太郎ってさ。 理由も名前もテキトーすぎないか? ぶっちゃけ、クソダサくて改名したいと思ってる。 別に縁を切りたいとかそこまでじゃないけど、 本名がダサすぎるから、ペンネームの方とかで有名になりたいんだよね。 小洒落た作家名が書店に並ぶようなさ。例えばそう、もっとこうなんだろうな。 桃源京介(とうげんきょうすけ)とか言う名前がいい。 だからさ、流石にこれは本名じゃないよねって、 淡い期待を今日の誕生日に委ねたんだ。 もしかしたら爺やと婆やに、 本当の出生について教えてもらったりして、 ついでに鬼を倒してこい、なんて言われたりしてみたいなさ。 聞いたさ、何度聞いても、あなたは桃から生まれたからの一点張り。 正直、本当に出生に秘密があったとしても、 それを隠す理由が川から拾った桃です。 ってのはあまりに雑すぎるよな。第一なんで桃なんだよ。 別にドラゴンフルーツとかでもいいじゃん。 そっちの方が絶対かっこいいって。 龍太郎とかなるじゃん。 とある日、婆様が川で洗濯をしていると突然の嵐が村を襲いました。 雨霰が飛び交う嵐の最中、川の激流から流れてきたのは龍果実(ドラゴンフルーツ) 橋桁に突っかかっているのを見るや否や、婆様は担ぎ上げ家に帰りました。 そして、爺様が刀を振り上げ一刀両断するや否や、 神々しい煙と共に、小さな小さな赤ん坊が出てきたではありませんか。 龍果実から生まれてきたその赤ん坊を龍太郎と名付けました。 こっちの方が絶対良いよ。うん。 爺やが勢いよく切ったせいで、俺はいまだに半身を分つ傷跡があるけど、 桃切ってかすめてついた傷より、龍果実切ってかすめた方が傷の威厳あるよ。 だからさ、俺は旅をすることに決めたんだ。なんつーの、 かっこいい異名欲しいんだよ、旅していく中で実績を立ててね。 十五って言ったら世の中では一人前扱いだ。 爺や婆だってそろそろ独り立ちを望んでいるだろう。 俺は誕生会の餅を食べ終わると、その話を爺と婆に持ち出した。 「爺や、婆や、今日は大事な話があるんだ」 「おやそうかい、わたしゃらもあるんじゃが……」 え、まじ?まぁそうか。一人前になる歳だもんな。どうせ家業の話だろう。 「そうなんだ、奇遇だね。じゃあまずそっちの話を聞こうかな」 「ありがとね、桃ちゃん」 桃ちゃんね、おん。 「話ってのはね、これから桃ちゃんにね、選んで欲しいことがあるの」 ほう、選ぶと。鬼と出るか邪と出るか。 「桃助、わしらの家業があるじゃろう。それを継いで欲しいんだ」 両親であだ名統一しろよ。まぁ良い、もう一つの選択肢はなんだ……? 「もう一つはね、もし桃太郎が嫌だっていうなら良いのだけれど」 はよ言えや、婆や。 「桃太郎にはね、私達の故郷を焼いた鬼を、討伐して欲しいの」 これはまさか、だ。少しは聞いてはいたが、自分の子供にそれ言うか? 「桃助、いや桃太郎。もうお前も一人前じゃ、 わしらの家業を無理やりにでも継げとは言わん。 この村を出て独り立ちするのも良いだろう」 まさか厳しい爺やがそれを言うとは、俺は名前以外は恵まれた男だよ。 「これから何をしてもいい、だからな、儂らの願いを叶えてはくれないか?」 いいよ、鬼でもなんでもこいや。親孝行ってのは早くても損じゃないしな。 「わかったよ、爺婆。鬼を退治するよ。だからそのための旅に出る」 「おぉ、重要な決断じゃよ?そんな秒速で回答していいのか?」 「うん、良いんだ。元々僕が旅に出たいことを話そうと思ってたことだし」 「そうか、そうかそうか。ありがとうな桃太郎よ」 「良いってことよ、爺と婆にも拾って育ててくれた恩もあることだし」 「やはりあの日に流れてきた桃は、天命だったんだわ爺さん」 「そうだな、儂らを導いてくれる桃じゃったんや婆さん」 おぉっと、なんだか背負いきれないものを託された希ガス、いやいや孝行よ。 「そうだ、桃ちゃん。私は誕生日の餅以外も作ってたの」 「もし、今日。決断したら渡そうと思ってたんだ」 ほう、まさか伝家の宝刀とか?いや婆さんは刀鍛冶じゃないか。 作るって言ったら無難にお守りとかかな。 『きびだんご』「?????」  きびだんご?岡山名物のソレを、俺の偉大なる旅の送り土産にするのか? 「これは旅の途中できっと役に立つから、持ってゆきなさい」 「婆や、食糧だったら現地で調達しますよ」 あまり舐めるなよ、これでも俺は自活ができるニートなんだ。 「普通の食べ物ではありません、ここぞと言う時に使うのです」 使う?団子を?何をどうやって、どういう風に?意味がわからん。 「桃助。この団子はな、語り継がれる伝説の団子なんだ」 「伝……説……?」 「あぁそうだ。いつか鬼を打ち倒すものに、きびだんごを授けて送り出す。 これが儂らの故郷の言い伝えなんじゃ」 ……あぁ。まぁアレか。一人前の証し的なやつだろ、もうそれで良いや。 「あ、ありがとう爺や婆や。旅でゆっくり食べるよ」 「いや、お前は食べてはならぬぞ」 なんでやねん。食べ物なのに食べれなかったら実用性ないやろ。 「え、じゃあ。これは……?」 「鬼を共に打ち倒す仲間じゃ。旅の途中で出くわす仲間になるものに きびだんごを食べさせると、仲間になると言う言い伝えがあるのじゃ」 なんでだよ!なんでそこまできびだんごに執着するんだよ。 言い伝えを考えた奴はアレか? 地元の名産品をどうしても有名にさせたかったのか? 各地で試食させるために、きびだんごでも持たせるのか? なんのためにこんなきびだんご礼賛物語を、言い伝えとして残すのか? これも旅の途中でわかるものなのだろうか……? 「……ということじゃからな、大事に使うんじゃぞ」 「わかりました、爺や」 結局、きびだんごだけか。そう思って今日は床についた。  桃太郎。彼は村の誰よりも若人であった。 それはひとえに年齢というものさしでは測れぬ、 彼の思想、思考が。行動が若かった。そして新しかったのだ。 彼は彼の両親、爺と婆に大事に育てられた。 両親の老人としての経験と、それに基づき読み書きを覚えさせられた桃太郎は 村一番の学を持った。小さい頃から外で走り回ると同様に、本を読み漁った。 親も彼が机に根を張っているのを見ると、心配するほどだった。 彼は村で浮いていた。同年代と比べても明らかに違う体格、知能。 謎の名前と境遇、そして正面にある半身に分つ傷。 同年代でもその彼のありさまには畏怖することしかできなかった。 故に彼は孤独であり、人間関係の少なさから幼稚でもあったのだ。  
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