Ⅰ.月夜にお散歩

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Ⅰ.月夜にお散歩

 ――今夜の月は眩しかった。  田舎の夜は、そうでなくても月明かりが頼もしい限りだが、満月の今宵は特にその存在感が際立っている。  「夜に外に出ると、夜行性の獣に狙われてしまう」と教えられてはいるものの、とある一匹の若い鹿にとって、初めて経験する「明るい夜」はじっと寝ていられるような代物ではなかった。 「……こんな夜に大人しく眠れるほど、俺はおぼこくないぜ」  そう呟きながら、鹿は喜々とした足取りで巣穴から飛び出して行った。  日中は泥のように(すす)けて見えたキノコが、月の光を受けて黄色に紫色に輝いていたり、いつ咲くんだと(いぶか)しんでいたあの蕾が、満月に呼応するように大きく花弁を広げていたり。  日中の光景しか知らない鹿にとって、ワクワクが止まらない禁断の夜のお散歩だった。 「新天の地に胸躍れども、安住の地に永らへる」とは、古くから鹿族に言い伝わる言葉である。当然この鹿も知るところであるが、思考は前半の句で止まってしまっているらしい。その胸は躍るばかりで、只々夢中になって山中を駆け巡っていた。
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