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「二度とウチの子に近づかないで!」
鬼のような形相でそう叫ばれたのを今でも覚えている。
何も悪い事してない。仲良くなった子の肩を叩いて「おはよう」って言っただけだ。そしたらその子が数メートル吹っ飛んで泣き叫んでいた。
この出来事は他の保護者の目にも入って、俺には近づかないようにという暗黙のルールができた。半月後、引っ越すことを告げられた。その後家族から言われたのは「アンタは馬鹿力だから、他の人に触るのはやめなさい」だった。それから何かあるたびに引っ越してきた。
「最近、犬の鳴き声だけやけに耳につくんだよね」
夕飯の時そんなことをぽつりと言うと、母と姉が真顔になって箸を止める。なんだ?
「翼」
「お母さん、私から話すからいいよ。もうすぐ夜勤行くんでしょ」
今の俺の発言について何か特別な事情があるらしい。夕飯後こっちに来なさいと呼ばれたのは父さんの仏壇がある部屋。線香をあげてから、真剣な姉ちゃんがこんなことを言った。
「犬化ね」
イヌカ。イヌカって何? キョトンとした俺にそのまま姉ちゃんは続ける。
「うちの一族はね、犬になるの」
「えーっと」
「妙なツッコミ入れたら簀巻きにして吊るす。黙って聞け」
「Yes, ma'am」
姉と弟という関係は軍隊の指揮官と下っ端だ。姉の命令は絶対である、逆らうと後が怖い。というよりさっき言ったことをマジで実行する姉だと骨の髄までわかっている。
話はこうだ。うちの家系は人の姿と犬の姿二つ持っているそうだ。いや犬って何。ご先祖様が犬に末代まで祟られる呪いでもかけられてるのか?いつの時代から、なぜそうなっているのかはっきりしてない。わかっているのは犬になる、それだけ。
ふーん?と思って聞いていたが、姉の表情は真剣そのもの。Gを退治する時と同じ顔をしている。
「狼みたいなかっこいいの想像したでしょ、違うから。犬よ犬」
「同じじゃん」
「犬と犬科は違う。犬、わんこ。ワンワン」
わんわんて単語久しぶりに聞いた。
「あと、頭のてっぺんから獣耳生えてるような都合の良いビジュアルじゃないからね。文字通り犬」
現実って残酷だよな、俺の希望が次々と先読みされて打ち砕かれていく。
「犬化を舐めると痛い目見るよ。お父さんは何で死んだと思う」
俺が幼稚園生の時に亡くなっている。だから父さんとの記憶はほとんどない。
「事故でって聞いてるけど……交通事故じゃないの」
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