幕間 三度目の正直

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幕間 三度目の正直

 俺の名前は北尾 聡(きたお さとし)。中学では文芸部に所属。本は専ら推理小説を読むけれど、自分で書くのは無理。書く方が得意なのは同じクラス、同じ文芸部所属だった鹿住 優香(かすみ ゆうか)。  優香は俺にとって目が離せない女子。あ、いや、目が離せないと言ってもそういう意味じゃない。とにかくこいつは目を離すと何をやらかすかわからない。クラスメイトとほとんど話もしないくせに妙な部分で行動力がある。  例えば中学の文芸部では、小説に出てきた殺人トリックが実際に可能かどうかを実験して検証していた。 「氷を凶器に? 無理じゃないけど余程条件を揃えないと無理ね。こんなもの脆いし、何よりしっかり構えることさえ難しいかな」 「紐トリックはだいたい無茶ね。摩擦も紐の強度も何も考えてないじゃない。これなら――こちらのボタンを押したら被害者は死にます――って話の方がシュールで面白いな」 「氷に紐を通して凍らせて振り回した方がまだ良さそう。でもこれじゃあゴーゴー夕〇ね」  ――と言った感じでなんだかんだと、部員のほどんど居ない文芸部で実験を繰り返していた。時にはおかしな探偵グッズを買って学校に持ち込んだり、時には理科準備室から薬品まで持ち出したりするものだから、俺も目が離せなかったわけ。  ◇◇◇◇◇  そんな優香だったけれど、中学卒業前になって恋人を作りたいと言い始める。いやあ流石の優香も思春期かなんて思っていたけれど、どうもそうではなかった。  バレンタインデーを前にして彼女はチョコに仕込める媚薬の研究を始めやがった。  ネットだの市の図書館だので色々読み漁って実験し、出した結論は、何となくそれっぽいプラシーボ効果しかないものばかりで、せいぜい滋養強壮にしか役に立たないと言うことだった。  ただひとつ、チョコレートに唐辛子の辛みを少しだけ混ぜ込むと、割とそれっぽい気分になるというのが俺を被検体とした実験で判明した。いや、これ俺だけなんじゃ?  ◇◇◇◇◇  俺たちは同じ高校へ入学。そして腐れ縁のなせる業か、二人は同じクラスへと導かれた。  クラスの女子――というより一年の女子はみんな、身だしなみに気を使い、中学のころの野暮ったさなんて見る影もなかった。事前の情報でひとつ上の先輩方がとにかく飛び切りの美人ばかりだという話が出回っていたのだ。おまけにこの高校は演劇部が大きくて芸能関係に進む生徒も多いという。  そして優香も変わった。いつの間にヘアセットやメイクなんかを研究したのだろう、とてもかわいらしくなっていた。俺はついにと、彼女に思春期の訪れを感じた。  ――なわけがなかった。  優香は、普段見向きもしない恋愛小説を読んだ直後だったのだ。しかも普通のではなく逆ハーレムという特殊なのを。その特殊性は彼女を刺激した。――逆ハーレムは可能か否か――。やる気になった彼女は見違えた。美しくなり、あまり得意ではない男子との会話も見事にこなしていた。  だが――彼女の目的を知る俺は、彼女に魅せられた男子たちに陰ながら忠告をしていた。いや、マジでやめといた方がいい。あれは悪女だ――そう言いきれれば楽だったが、そもそも腐れ縁とはいえ、中学三年間を共に過ごした優香についてのそんな悪い噂は流したくない。やんわり忠告をするのがせいぜいだった。  そのうち優香はクラスの女子に目を付けられ孤立していく。本人はどうということも無いような様子で気にもしていなかったが、中には彼女をビッチだとか酷い噂まで流すやつまで居た。いや実際、逆ハーレムってそういうことなのかもしれないけど。  ◇◇◇◇◇  ある朝、俺たちは登校中にビラ配りをするどこかの部に遭遇した。  美人の先輩ばかりだったので俺もちょっと見とれてしまった。  ビラを一枚もらうと、なんと文芸部。  えっ、すごい。文芸部なのにちゃんと活動をしている! しかも華やか!  優香に一緒に入らないかと声を掛けようとして気付く。  彼女は目の前の女の先輩に見とれていたのだ。  ◇◇◇◇◇ 「あれが皆が噂していた伝説の鈴代先輩なのね…………」  教室へ向かう廊下で優香がボソリと呟く。  それからの優香の行動は早かった。  すぐに文芸部へ入部しに行くと言うので俺も付き添う。  部ではあいにく鈴代先輩には会えなかった。  一年の間では鈴代先輩のファンクラブが結成されたと聞くも、クラスメイトからは疎まれていたため入れなかった優香。そこで彼女は同中の友達に情報を求めた。  確かマルチメディア部だったかな。そこに入った同中の女子たちと何やらこそこそとやっていたのは知っていたけれど、まあ逆ハーレム築かれるよりはマシかなと放置していた。ただ、文芸部で何かやらかさないかだけは気を付けていた。しかし意外にも彼女は鈴代先輩の前では大人しくしていた。  ◇◇◇◇◇  ある日の昼休み、次の授業が始まっても優香が帰ってこなかった。  俺は一応、スマホで大丈夫か聞いてみたが、保健室で休んでいるとのことだった。  保健室で休むなんて珍しいとも思ったけれど、体調悪いなら悪さもできまいと、部活も特に用を言われてなかったこともあって帰宅すると優華に告げ、家に帰った。  ◇◇◇◇◇ 「えっ、優香、何かあったのか?」  翌日、教室で彼女は、ぽやっとでも言うものなのか、うつろな視線で宙を見つめていた。 「ほへっ?」  最初は昨日の体調不良が続いているのかとも思ったが、くるくると髪を弄る仕草がどうもそういう雰囲気ではなかった。 「鈴代先輩と何かあったのか?」  彼女と何かあると言えば鈴代先輩だろう。まさか保健室で一線を越えたのだろうか。 「鈴代先輩はもう諦めたよ。本人にもそう言った」 「そうなんだ?」  ――にしてはおかしい。てゆーか、本人に言ったのか。  ◇◇◇◇◇  また別の日、文芸部に顔を出していた俺と優香。 「あの……瀬川先輩、ちょっといいですか……」  優香は鈴代先輩の恋人の瀬川先輩に躊躇いがちに声を掛けていた。  どういうことだろう。鈴代先輩の恋人に何かするつもりではなかろうか。  優香の場合、下手をすると瀬川先輩に何かやらかして鈴代先輩を奪おうとしかねない。  俺の視線を気にするように、優香と瀬川先輩、そして鈴代先輩は旧部室の方へ。  どうしても気になった俺は旧部室を覗きに行こうとするも、樋口部長に呼び止められてしまう。  やがて戻ってきた優香は先程までの憂いはどこへやら、普通に元気だった。  瀬川先輩たちも特に変わった様子はなかった。  その後、瀬川先輩の友人が生チョコを差し入れに来てくれた。  男の先輩だったがお菓子作りが趣味らしい。チョコも美味しかった。  相馬先輩もそうだけど、瀬川先輩は男の友達までハイスペなんだななんて。  ◇◇◇◇◇ 「あれ? どこか寄るのか?」  優香との帰り道、彼女は何も告げずに道を逸れる。 「ちょっとモールまで買い物」 「そっか。俺も付き合う」  週末用に家で食べるお菓子を買っていたら、優香は板チョコを何枚かカゴに入れていた。 「優香、そんなにチョコレート好きだった?」 「あー、うん。ちょっとお菓子でも作ってみようかなって」 「さっきの先輩に刺激されたのか」 「そう……だね」  彼女のカゴを覗き込むと、そこには唐辛子が入っていた。  まさかね……。  三度目の正直という言葉があるけれど、このとき優香に訪れたと感じた思春期は、本物だったと後で知ることになる。
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