第52話 謎は謎のまま

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第52話 謎は謎のまま

 さて、連休前の金曜日。芦野のことは分からないままだったけれど、奴があれから鹿住さんに何かしてきたわけでもない。そしてまた新田や湯浅たちに何か指示があったわけでもなく、新たな盗撮画像なども送られてこなかった。  昨日の夜、渚が笹島と話していたらしいのだが、笹島が言うには――。 『夏乃子が詳しいんだけどさ、電源がない場所ってそう簡単に隠しカメラなんて設置できないらしいよ。目立たないちっさいカメラでもせいぜい1時間。がんばっても2時間半ってとこ。それ以外ならスマホかビデオカメラだけど隠すのは難しいよねー』  ――なんて言っていたらしい。やっぱりカメラを使ってもそう簡単に監視なんてできないと言う。あの坂田みたいなのは完全に慣れたやつの犯行だそうだ。  そんな話をしながら渚と一緒に登校して昇降口へ。  わっ――という渚の声と共に、足元に手紙が落ちてくる。  どうも、下駄箱いっぱいに手紙が入っていたみたいだ。  今までの中学と違ってここの高校は下駄箱も蓋が付いていて何なら施錠もできる。  その蓋を開けた途端に手紙が落ちてきたみたいだった。  渚が慌てて拾っている。近くに居たクラスメイトも拾ってくれていて、僕も一つ拾う。 『Happy Birthday!』  ――と書かれた表書き。 「ん?」  うちの高校は成績表を貼り出さないどころか、個人情報は割ときっちり秘匿されていて、誕生日なんかは直接本人か親しい友達にでも聞かない限り分からない。これは安易にパスワードを誕生日なんかにしてる緩い生徒にもセキュリティ面を考えると効果的ではあったが、例えば憧れの相手の誕生日をそう簡単に知ることができない弊害もあったりする。  ――と言うわけで、今日は渚の誕生日ではない。ましてや、連休中が誕生日な訳でもない。渚の誕生日はまだ半月以上も先だからだ。連休中に誕生日なのは僕だったりする。 「これ全部誕生日のお祝いの手紙?」 「ええっ、ほんとだ。何で?」 「あれ? 鈴代さんおめでとう」――と、拾ってくれたクラスメイト。 「ち、違うよ。誕生日じゃないから」  ◇◇◇◇◇  どういうわけなのか、捨てることもできないから手紙は二人で持って教室へ。  教室の前ではあの大橋と湯浅の二人組が居た。 「渚先輩! お誕生日おめでとうございます!」 「おめでとうございます! ちょっと早いですけどお祝いです!」  二人は手に持ったカラフルな包みを渚に手渡してきた。 「えっ、ちょっと早すぎるよ」 「お休みに入っちゃうので!」 「えっ、でもまだずっと先だよ?」 「ずっとって言っても、明々後日の4月の29日ですよね??」  何故か大橋は僕の誕生日を告げてきた。 「全然違うよ??」 「ええっ!?」 「うそぉ!」  二人は顔を見合わせる。 「その情報、どこから出てきたの?」 「えっと………………芦野なんですけど……」  戸惑う大橋と湯浅。 「あれあれ芦野に揶揄われたわけだ。可哀そうにね」  ――と、何故か声を掛けてきたのは笑顔の鈴木。 「信じらんない、芦野のやつ!」 「あ、あの、せっかくですから受け取ってください」  包みを渚に押し付ける湯浅。 「あっ、わたしもっ。お願いします」  大橋も湯浅に倣う。  渚は包みを押し付けられて困惑していた。 「お騒がせしました!」 「皆に話してこよう」  そう言って、二人は去っていった。 「ありがと……」  完全にタイミングを逸したお礼を渚が告げた。  ◇◇◇◇◇ 「どういうことだよ。何か知ってるんだろ」  問い詰めてもさわやか笑顔を崩さない鈴木。  奴は悠々と自分の席に座り、スマホを弄って画面を見せてくる。  そこには『芦野 五十鈴』のアカウントが表示されていた。 「やっぱりお前じゃ――」 「違う違う。僕じゃないよ」  鈴木はスマホの画面に指を滑らせ、SNSからログアウトし、自分のアカウントで入りなおした。そして――。 「鈴代さんのファンクラブに入ってみたんだ」  そこには鈴木祐里のアカウントから見た渚のファンクラブのタイムラインが表示されていた。 『芦野! どういうこと!? 鈴代先輩の誕生日4月29日じゃないって!』 『大橋とプレゼント渡しに行ったのに違うって! 先輩から聞いた!』 『えっ、私バースデーカード下駄箱に入れたのに』 『私も』 『芦野さん、どういうこと?』 『プレゼント買ってきたのにどうしよう』 『私も入れたのに』 『芦野、どういうことよ。騙したの!?』  ファンクラブのコミュニティでは全員が激しく言い争っていた。対して芦野からは何の返答もない。 「いやちょっと待て。何で鈴木がファンクラブに入れてるんだ」 「じゃじゃーん! それには私がお答えしましょう!」  普段見ないほどやたら陽気な滝川さんが後ろから声を掛けてくる。  彼女はスマホの画面をこちらに見せてくる。  そこには滝川さんと仲良さそうに寄り添ってる体操着姿のショートへアの女子が居た。 「えっ、誰これ!?」  渚が驚くのも無理はない。その体操着を着たどう見ても女子にしか見えない人物は、鈴木に他ならなかったからだ。 「鈴木くん、ちょっと化粧しただけで完全に女子だよね」 「その体操着、滝川のよ」  曽我さんまで話に加わってくる。  ついでに入り口近くを通りかかった山崎まで覗き込んできて――。 「マジかよこれ鈴木の女装!?」――とか言うものだからさらに大騒ぎに。 「お尻とか丸くない? どうなってるの?」 「これ、鈴木くんが持ってきたヒップアップシリコンなんだよ」  いや、何でそんなもの持ってんだよ……。  まあ、大騒ぎしてる連中は置いといて――。 「で、どういうことだよ。説明しろ」 「そうだね。まず太一、君が芦野五十鈴に辿り着けなかったのはちょっと残念だったよ。真っ先に辿り着けると思っていたんだけどね」 「聞き覚えがあるとかないとか言ってたやつか」  鈴木はスマホを取り出すと、僕にメッセージを送ってきた。 『Suzushiro Nagisa』  ん? 「渚の名前がどうかした?」  渚も僕のスマホを一緒に覗き込むが困惑している。 「逆から読んでみなよ。余計な文字は飛ばして」 『asigaN orihsuzuS』――『asi ga No r i h suzu S』――『Asino Isuzu』 「マジか……」 「崇拝するほど好きな相手なんだから、逆読みとかアナグラムとか普通に考えるでしょ」 「いや、しないだろ……」 「僕はしたよ。太一の名前をアナグラムしたり逆から読んだり」 「ちょっとわかる自分が憎い……」――と渚。ええ……。 「そういうわけで鈴代さんのファンクラブに目を付けて一年生のフリして潜り込んだんだよ。一年生の上履き買ったりしてね」 「よくそれでバレなかったな……」 「堂々としてれば意外と疑われないもんだよ」  女装して堂々としてると言うのもなんだけど……。 「まあ、そういうわけでコミュニティを調べて、芦野に脅されてた子に話を聞いて回ったんだ」 「さっきの大橋とか湯浅か」 「いや、もっとたくさん居たよ。太一と別れさせるのはやりすぎだと言った子や、芦野を探ろうとした子を脅したり。でも、手口が似てる上に脅してるのは特定のクラスだけなんだよね。加えて脅し方からすると芦野のアカウントは複数人で使ってたのがわかる」  複数人で使ってたと言うなら鹿住さんや新田が言ってた話もつじつまが合う。 「――で、ちょっと釣ってみたんだよ。鈴代さんの誕生日を知ってるってね」 「お前、なにを勝手に――」 「いやいや、僕は鈴代さんの誕生日なんて知らないから。代わりに太一の誕生日を教えておいたよ」 「それでこの騒ぎか……」 「まあとにかく、芦野の()()()と仲良くなれたから、ファンクラブ内の実行犯もだいたいわかったわけだよ。嘘の情報流しておいたから芦野の信用もガタ落ち。少なくともこのコミュニティは潰れるんじゃないかな。あはは」  鈴木はちょっとした冗談が成功したかのように笑う。  こいつほんと……。 「――あ、ちなみに芦野のアカウントには簡単に入れたよ。共有してるからだろうね。いくつか試したけど、最低8文字のパスワードだから――garhS――に――123――を足しただけの簡単なものだったよ」  garhS――ってなんだよって一瞬思ったけど、聞くまでもなかったわ……。 「で、結局お前は何がしたかったんだよ」 「やだなあ、太一が困ってたから助けてあげたんでしょ?」 「あの、犯人は結局誰だったの?」――渚が問いかける。 「うーん、そうだな……。実行犯は他にも居るけど、首謀者が君の事を諦めた以上、これ以上何かしてくることは無いと思うから知る必要は無いんじゃないかな?」 「諦めたっていうのは本当なの?」 「ああ、間違いない。本人に確認を取ったから」 「お前、首謀者にも会ったのか?」 「まあね。芦野の脅しの送信ログを見て、ひとつだけおかしな点をみつけたからね」 「その首謀者が諦めたっての信用できるのか?」 「ああ。だって彼女は…………」  鈴木はそう言うと僕をじっと見つめる。 「なんだよ……」 「いや、何ていうか、似た者同士、分かり合える部分もあるんだ」 「結局、誰なのかは教えてくれないんだな」 「そこはいつもの君たちの寛容さを見せてよ。僕の時みたいに」  ふふ――と笑う鈴木。  まあ今回、僕らは大きな被害を被ったわけじゃないし、渚のファンクラブが引っ掻き回されただけ。巻き添えにあった鹿住さんには悪いことをしたけれど、イジメていたクラスメイトにも釘をさせたしそれ以上の追及は別になくてもいいかなと渚や他の皆と話し合った。  ◇◇◇◇◇ 「あの……瀬川先輩、ちょっといいですか……」  放課後、文芸部の部室。深刻な顔で鹿住さんが話しかけてくる。  彼女の傍では僕たちをじっと見据える北尾くん。 「渚と一緒でもいいよね」 「もちろんです」  樋口先輩に断ってから、何か言いたげな北尾くんを残し、僕たちは旧部室へ。  ◇◇◇◇◇ 「……えっと、おかげでクラスの女の子とも少しは話ができるようになりました。ありがとうございます」  部屋に入ってくるなりそう言った鹿住さん。  僕たちが振り返るとペコリとお辞儀をした。 「ああうん、よかったね」 「あ、えっと」――鹿住さんは僕の言葉に目を逸らして逡巡する。 「――でもちょっと頑張り過ぎていっぱいいっぱいというか、心がしんどいというか……」 「まあ、そんなこともあるよ。僕も割とそういうのはわかる」  ね――と渚と視線を交わす。 「なので……えと、断られるのはわかってるのですが……瀬川先輩の背中、抱きしめてもいいですか?」 「えっ」 「ええっ!?」 「この間、背中に抱きついて、凄く安心できたんです。だから…………」 「い、一分だけだよ!?」  ええ……――渚の突然の提案。 「あと前からは私だから」  いやそれもどうなの。  結局、鹿住さんの感謝の言葉と共に、僕は前後からサンドイッチにされて一分間、どうしていいか分からずに困惑していた。いや、一分って結構長いよこれ? せめて十秒とかにしようよ渚……。  ◇◇◇◇◇  すっかり元気になった鹿住さんを先頭に、僕らは教室へと戻った。  当然ながら北尾くんは鹿住さんを訝し気に見ている。  渚も――ちょっとあの二人は心配だね――と。  教室の方では、文芸部の今年の部誌の刊行予定と、それに合わせた大まかな執筆のスケジュール、締め切りなどが黒板に書き出され、話し合われていた。教室が使えるようになると黒板を使えるのが便利だった。旧部室ではホワイトボードを買って欲しいと言う要望もあったくらいだったから。  雫ちゃんは成見さんはもとより、坂浪さんや小岩さんとも仲良くやっているようだった。それから雫ちゃんのクラスメイトの女の子が一人、正式に入部した。部員が増えることはいいことだ。  十川さんたち三人も樋口先輩の言う事はよく聞いているようだし、まあまだ渚の怒りが収まっていないためこちらに話しかけては来ないけれど、他の部員とも打ち解けていた。彼女らは意外にも、ただ渚のファンと言うだけではなく読書家のようだった。本を愛するなら渚にもいずれ気に入ってもらえるだろう。  そうして、ひと通りの話し合いが終わろうかと言う頃、()()がやってきた。 「やあ太一、クッキーよりチョコレートの方が好きだったよね?」  滝川さんとやってきた鈴木。今回はワックスペーパーの敷かれたお皿の上に四角く切り分けた、ココアパウダーのかかったチョコレートらしき物が並んでいた。 「わっ、超美形! 瀬川先輩のお知合いですか?」 「いや新田さん、知らない人だから……」 「やだなあ太一。中学のころからの親友じゃないか」 「今日は何作ってきたの?」  成見さんを始め、前回で味を占めたのか二年生が群がり、一年生が続く。 「テンパリングとかしなくていいから生チョコを薦めてみたの」 「文芸部のみなさんもよかったらどうぞ」 「あっ。頂いていいんですか?」 「やった」 「私もひとつ頂くね」 「私も頂きます」 「……あっ、わたしも」 「うまいッスね」 「美味しい」 「滝川さんのお陰だね。ありがとう」 「いえいえ、鈴木くんの愛情の為せる業だよ」 「太一も鈴代さんも遠慮しないで食べてみてよ。あ、今回も何も入ってないから安心して」 「また何か入れようとしたのか?」 「まさか。前回も言ったでしょ。変なもの入れるのって意外と難しいんだって」 「確かに、お菓子に何か入れてどうこうできるようなものって少ないですよね」  チョコをひとつ摘まみながらそう言ったのは鹿住さん。  あむ――と口に放り込んでゆっくり味わうと――。 「――でも、ひとつだけ効果的で不自然じゃないものがありますよ」 「それは何? 愛情ならたっぷり入ってるよ?」――興味津々で聞く鈴木。 「私の研究成果なので秘密です」  残念――とでも言いたげな鈴木は鹿住さんに微笑みを返す。  鹿住さんも珍しく物怖じしないで喋っていた。 「鈴木君、ひとつ貰ってもいいかな」  僕のクラスメイトが手を付けない中、意外にもそう言ったのは渚だった。 「嬉しいな。鈴代さんにそう言ってもらえるなんて。あ、太一にはあ~んってしてあげるといいよ」 「……ん、おいしい……と思う……」 「でしょ? 太一にもどうぞ」  皿ごと差しだしてくる鈴木。  渚はひとつ摘まむと僕に向けてくる。 「はぁ、せっかくだから頂くよ、鈴木」  渚に手ずから口に運んでもらった僕は、思っていたよりも口どけの良いおいしいチョコレートを堪能させてもらえた。  僕たち二人が食べたことで、警戒していた相馬とノノちゃん、それから樋口先輩もチョコを口にしていた。まあ、普通に鈴木はこういうことをさせれば上手なんだと思う。それこそ女子顔負けに。  満足した二人は南校舎の家庭科室へと帰っていったのだった。  第八章 完
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