月哭の闘志

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月哭の闘志

月光は鮮やかな黄金色の天幕となって 夜空を彩る。 その光は太古から人の心を狂わせ 惑わせ 破滅へと導くとも伝えられている。 生者と死者の世界を分け隔てる 一筋の(ひかり)だとも。 しかしそれは 故意に歪められた偽りの真実。 眩暈(めまい)がするほどに 狂おしいほどの闘争心をかき立てるその光。 月灯(つきあかり)に照らされた己が身に 総毛立つ感覚が(はし)り抜ける。 夜の(とばり)を裂き 破る獣魔の如き遠吠え。 抑え切れぬ激情が 目眩(めくるめ)く闇夜へ沁み出す。 我らは異端で 異質な異物。 とりわけ人類にとっては忌むべき存在。 どの国からも排斥と粛清の対象となった。 なんら罪は犯していないが 生まれ出たことが罪ならば 原罪を背負いし人類もまた悪であり 罪深き存在であるはず。 そんな救いのない種族のため 我らの仲間たちは あらゆる生き物を死へと(いざな)う 『天の御遣(みつか)い』から護るため 戦い 傷つき   死んで行った。 『天の御遣い』に(かどわ)かされ (そそのか)された人類の手にかかり 捕らわれ 殺されるものもいた。 迫害を受けてもなお 『天の御遣い』と戦い 人目を避け 我らは闇に紛れるようにして 生き永らえて来た。 『天の御遣い』の侵入を(ゆる)せば 多くの生命が失われてしまうだけでなく この世界が滅亡してしまうのだから。 我ら一族はかつて人類と共存していた。 そのときに受けた恩義を 一族は大切な記憶として継ぎ   一族に生まれしものは 絶対的な掟として 誇りをかけてそれに従った。   薄くかかる月暈(つきがさ)は 『天の御遣い』が この地へと降り立つその兆し。 妖しく耀(かがや)く月に隠された 世界の暗部。 しかし我らに畏れはない。 誰に頼まれた訳でもなく。 誰に感謝される訳でもなく。 一族の誇りのために。 生きとし生けるすべてのもののために。 戦うのだ。
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