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月穿つ牙
『天の御遣い』を屠るたびに
ふと己が中に去来する想いがある。
この戦いに果てはあるのか。
いつか終わりが来るのだろうか。
終わらぬ夜
明けぬ夜はないとはいえども。
それもまた再び訪れる。
妖しく
暗鬱たる鈍い耀きに満ちた月の光が
地表へ降り注ぐそのたびに
死力を尽くして戦えど
戦えど
尽きぬ『天の御遣い』の
世を滅せんと欲する比類なき猛威は
容易には防げぬもの。
我ら一族も例外ではなく
生命が尽きれば
その身は喪われる。
生き残ったとしても
己が牙を研ぎ
爪を研き
感覚を澄ませ
身も心も弛まぬように張り詰めさせて
次なる戦いへと臨む。
閃光のように世を駆け抜け
華々しく散るのもまた
生命の価値であり
惜しまれつつも
その誉は後世へと伝えられる。
続く我らは
遺された意気を胸に
臆する心を抑えつけ
竦む我が身を解き放ち
闇夜を駆け抜け
『天の御遣い』を討つ。
なにゆえに我らは戦うのか。
その意味を問うこともなく
ひたすらに
一筋に
『天の御遣い』の首筋へ
牙を突き立てる。
爪を振るい
『天の御遣い』の身を引き裂く。
牙を持たぬ人々のために
我らを疎んじる人々のために
まるで咎人であるかのように
我らはなにゆえに罪を贖い
我らはなにゆえに抗うのか。
ただひとつ
我らの祖先と共に生きた人類たちは
我らの牙に希望を抱き
我らの顎に未来を視た。
天の意志に叛いてまでも
我ら一族を崇め奉り
天の意志に逆らったのだ。
苦難の道を共に歩んだ
我らと人類の絆は失われて久しいが
未だ我らに心を開き
受け入れんとするものがいる限り。
我ら一族の受けし人類からの恩義
闇に身を潜めてまでも
その恩義に報いることが
生命を顧みず
我らが戦う理由なのだ。
月灯は薄くとも
その耀きは狂おしく
我らと
そして人の心を騒つかせる。
その灯に身を委ね
その身を任せ揺蕩うことが叶えば
どんなに楽であろうか。
だがそれこそが天の思惑。
悠久の刻を経て耗弱して行く
我らの心を手折ろうとしている。
ゆえに我らは
挫ける訳には行かぬ。
それが如何に無為であったとしても
我らは屈する訳には行かぬ。
我らが退けば
我らが怯めば
我らも人類も
この世の果てまで追い立てられる。
狗牙御としての矜持は
喩えそれが人にとって
忌むべき障りとなっても
卑き呪いとなっても
不幸な祟りとなっても
我らが喪ってはならぬ
我らが在るべき姿で
この地に踏み留まり、立ち続けること。
月を穿つその日まで。
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