月の囚魂

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月の囚魂

此度(こたび)の戦いでは たくさんの生命が散り()った。 あまりにも多くの仲間が死んだ。 友の亡骸(なきがら)を拾うこともできず 我らにできることは のたうつ触手を裂き()ち その禍々(まがまが)しい黒き翼を削ぎ落とし 月灯(つきあかり)をぬらぬらと照り返す (おぞ)ましき濃緑色の皮膚(ひふ)に牙を突き立て 息の根を止めることだけ。 『天の御遣い』は捉えらえた肉体を 瞬く間に(むさぼ)り喰らう。 本来ならば(とき)()ることで (うしな)われた肉体は 新たな魂の器として世に生まれ出る。 しかし『天の御遣い』の手にかかり この世から消された肉体は 二度とこの世へ回帰することはない。 (かえ)るべき魂があったとしても そこへ宿りし器がなければ 魂は行き場を失い あてなく世を彷徨(さまよ)うだけの (はかな)き存在となる。 これが『天の御遣い』の業。 天の与えたもうた 大地を蝕む呪い。 世を終焉へと向かわせるための 天が画策する計画のひとつ。 人類も 我ら一族も 輪廻転生から外された時点で 本当の意味で生命が尽きる。 肉体()くしては 想い(わずら)(うれ)うことも ()い願い望むことも そして魂としての昇華もできぬ。 高みを目指し 気高く生きるための ほんの小さな 小さな 小さき萌芽でさえも 『天の御遣い』はすべてを摘み取って行く。 のちに(のこ)されるものへの 願いを奪い 夢を(けが)し 絆を断ち 途切れさせ 未来への希望を失わせ 魂を(くら)い奈落へと突き()とす。 何故に天はそのような 苦難を我らに強いるのか。 我らはその問いへの答えを 永遠に()ることはないだろう。 識る必要すらないのだ。 ただ敵として 標的として 『天の御遣い』を討つ。 それだけだ。 どれだけ哀しみの淵にぶら下がろうとも 失意の断崖へしがみつこうとも 怖気(おじけ)を追い立て 勇気を(ふる)い起こし 顔を上げ 前を向き 震える膝に力を込めて 立ち上がる。 立ち上がれ。 立ち上がれ同胞(とも)よ! (ひざまず)くな。 (なげ)くな。 振り向くな。 (うつむ)くな。 顔を上げよ。 そう仲間を叱咤(しった)し 激励するのは 己が心の平安のため。 やがては消え行かんとする魂に 飽くなき闘争心を刻み込むため。 我らはこの世に漂う 行き場を失った魂をこの世へ留め 仲間や人類の肉体へ宿らせる。 この所業が 我ら一族が人類に()(うと)まれる理由。 狗牙御()き。 狗牙御筋。 狗牙御持ちの家系は 同胞である人類からも嫌悪の対象となった。 ふたつの魂を抱え込んだ肉体は 正気を失い 周囲のあらゆるものへ敵意を向け 『天の御遣い』への憎悪のみが肉体を支配し 人類にはあり得ぬほどの強い力を持って 『天の御遣い』との戦いを渇望する。 そうでもして世に留め置かねば 魂はすぐに存在が曖昧なものとなり 朧げな記憶と共に消えて行く。 我らができる唯一の魂への救い。 魂を(とら)え この世へ縛りつける 呪縛。
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