日輪の記憶

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日輪の記憶

年月が過ぎ行くごとに 戦いを()るたびに 我ら一族の生命は次々と この世から消え去って行く。 一方『天の御遣い』は 我らに推し量る(すべ)もないが 夜空で煌々(こうこう)()かれる 白んだ篝火(かがりび)のような満月に 開け放たれし『侵蝕(しんしょく)の門』へと (たか)り押し寄せる怒濤(どとう)の群れは 未だ尽きる気配はない。 人知れず『天の御遣い』を討ち 影ながら『侵蝕の門』を打ち壊す もはや隠し立ててことを()すには及ばず 我らはいつぞやと同じように 人目を(はばか)ることなく 人前にその姿を(さら)すようになった。 ここへ至って人類も 己が立たされた窮地(きゅうち)を理解して 『天の御遣い』に対抗すべく かつての人類と同様に 我らと共闘するようになった。 牙や爪は持たぬが それを補う強固な武具を創り 万物の(ことわり)を書き換えるほどの 叡智(えいち)()って 戦う(すべ)を持ち得た。 戦いによって 犠牲となるものの数は増えたが この千年の間で 人類の技術力は飛躍的に向上し これまでとは比較にならぬほどの 強さを(つちか)っていた。 戦いが熾烈(しれつ)さを増す中 我は不思議な雰囲気を持つ人間と出会った。 その人間はまだ あどけなさの残る少年だったが 黒点のように澄み渡る黒い瞳と 緊張のせいか (ゆる)みのない毅然(きぜん)とした顔つきに 奇妙な懐かしさを感じていた。 かつて我と共に戦い 我ら一族を同志として迎え入れ 我ら一族が人類に対する 恩義の念を抱くに至った存在。 そのものと共に生きた あの一瞬の記憶が (よみがえ)る。 『天の御遣い』との戦いに明け暮れ しかし過ぎ行く年月の無常からは逃れられず 老衰を(くつがえ)すことは(かな)わなかった。 しかしどれだけ()(さら)ぼうても 自由の()かぬ己が身体を鞭打ち 人類や我らの楯となるべく 敢然(かんぜん)と敵の前へと立ち塞がり続けた。 そして我の目の前で その肉体と共に魂をも滅された。 そのはずだった。 だがここにいる少年は 懐かしき声色で 我が名を呼んだのだ。 我がこの世で唯一 我が一族以外で(あるじ)と認めしもの。 その主が我に与えたもうた名。 我が名を呼びし少年の魂は かつての主と同じ 日輪の如き鮮烈な紅焔(こうえん)を放っている。 己が生命を投げ打ってでも 護り抜きたかった生命。 なにものにも代え難い かけがえのない ()りし日の主の姿 我の心から失われて久しい 静謐(せいひつ)で柔らかな感情が 幾重(いくえ)にもさざ波()つ。 たまらず我は問うた。 主なのかと。 少年は目を(しばたた)かせ 怪訝(けげん)の表情で我を見ていたが それは愛くるしい笑顔へと変わった。 答えはなくとも その燦然(さんぜん)と輝く 陽の気に(あふ)れた笑顔が 世の(ことわり)という厳然(げんぜん)たる不可能の壁を打ち破り 千年の(とき)を乗り越え この世へ再び降り立ったことを 告げていた。
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