前を向く日

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前を向く日

 亮介が出て行ったその翌日に不動産屋に連絡し、同居を解消したからもう一人の名前を賃貸契約書から削除の依頼をして、部屋から痕跡を消すように亮介の物を捨てたり、気は進まないが香子の家へと着払いで送り付けた。  着払いにしたのは少しでも意趣返しをしたかったからと、元払いにしてやるほどお人好しじゃないと言う意思の表れだった。 「二人住むように選んだ部屋も、一人だと結構広いな……」  2LDKの部屋は寝室を一緒にして、もう一部屋は在宅で仕事をする桂の仕事部屋だった。   「こんな時、ベッドが一つだったのは痛いな……、粗大ごみに出すか、欲しい奴にくれてやりたいけど、ゲイカップルの使ってたベッドなんて、しかも別れたカップルのベッドは縁起悪くて使えねぇよな」  笑いながらマットを持ち上げ、ベッドの枠を解体していく。  その合間に休憩をしながら、粗大ごみの手配をしてコンビニで廃棄のシールを買って戻ると、亮介が子供を連れて入り込んでいた。 「桂、不用心すぎ。  鍵開いてた」  唖然とした桂は何事も無かったかのように振る舞う亮介に、静かにブチ切れた。 「子供連れて今すぐ出て行ってもらおうか」 「桂、子供の前でそんなに凄むと教育上悪いから」  亮介が連れていた子供は一番下の子で、まだ二歳の息子だった。 「警察に通報するわ」 「待って、待って!! 俺らをここに住まわせて!  香子が仕事辞めて家賃も滞納してて、行くところないんだって」  どんな思考回路なら元恋人の部屋に転がり込もうと思えるのか、桂は怒りを通り越して恐怖すら覚えた。 「無理だ、お前のそう言う所、本当に無理。   住む所が無いなら、ホテルでもなんでも行って、すぐに不動産屋回れ!  香子と子供たちの為に今までみたいに動けよ。  頑張れば3日で見つかるさ」 「でもさ、ここに」 「お前の荷物はちょうど着払いで香子の所に送った。  俺たち縁が無いって事だ」  小さな子供には可哀相だと思いながらも、二歳の子を抱き上げると玄関の外へ連れて行く桂に、亮介が後ろから怒鳴った。 「ひどすぎるだろ! お前はいつも悪い事しか言わない! 良い事なんか一つも言わないで香子や俺を悪く言って!  子供、俺の子なんだからお前の子でもあるだろ!!」  子供を抱える腕に力が一瞬だけ入ったが、すぐにスマホを取り出すと数か所に電話をかけて、玄関先に立って扉を開けた。 「悪いなチビ、自分で靴履けるか?」  うん、と頷く子を玄関に座らせて、亮介を振り返った。 「あぁ、俺が悪いな。  お前が入りこんだ時点で通報してればこんな事にはならなかったし、小さな子を建前に使う小さな男をさっさと捨てて置けばよかった。  もう一つ言わせて貰えれば、お前の子だってだけで、俺の子ではない」  必死の形相で桂を睨みつける亮介に、通報したから、とだけ伝えた。 「え、なんで、何でだよ」 「それと、香子がこっちに向かってるから、勝手にしろ。  俺はPCがあればどこででも仕事が出来るから、出て行くわ。  ちょうどベッドも解体して粗大ごみの回収頼んだところだったから」  桂は好きにしろと言いながら、仕事部屋へ行くと必要なノートPCを抱えて身支度を始めた。  出張や移動するのに、大きいサイズのスーツケースと、プレゼン用の図面ケース、仕事部屋にあった書籍類は買えないものだけを詰めて、あとは捨てることにした。  スーツケース二個と、図面ケースとPCケースを両肩に斜めに背負って玄関に行くと、待ち構えていた亮介に自分たちが住むから鍵をと言われた。  すると通報していた警察が玄関に到着した。  桂は警察が来ても大した罪にもならない事は分かりきっていたが、自分が出て行って新しい場所を決めるまでの時間稼ぎが出来れば良いと思っていた。  警察は事情を聴きながら簡単な調書を作成して桂の意向である『部屋から出て行って欲しい』をくみ取って、亮介に注意をして部屋から出て行かせた。  実際ここの契約者は桂で、同居を解消してる以上亮介は不法侵入にあたるからだ。 「これから何かあったら、相談実績が出来てますからすぐに連絡下さい」  亮介が出て行き、周辺にいないかパトロールを強化すると伝えて、警察官たちも引き上げた。  警察を呼ぶときに不動産屋にも電話をしていたので、部屋の解約の為にまとめた荷物全部を持って部屋を出ると、今度こそしっかりと鍵をかけて車へと歩き出した。 :::::::::: 「ではこちらで解約手続きは完了です。  退去は本来一ヶ月前の申告で取り扱っていますが、事情が事情なのでこちらも不法に滞在される可能性があると聞いては、すぐに対応したいと思いますから。  今週末と言う事で 後藤様のご都合は問題無いと言う事で承りました」 「ではこちらの鍵をお返しします。  荷物関係は既に引っ越し業者を手配してありますので、コンテナ倉庫に運ぶようにしますから、明日にでも確認をお願いします」 「敷金の方はお部屋の状態で返金させて頂きますね」  亮介が持っていたスペアキーを返し、荷物を運びだしたらマスターキーも退去確認の立ち合い時に返却することになった。  不動産屋でついでにコンテナ倉庫の紹介をしてもらうと、そこの契約を取り敢えず一ヶ月だけ借りる手配をして、既に連絡済みの引っ越し業者に部屋の前で待っていてもらう様に電話で伝えた。  オールインワンのパックで、梱包から運び出し、コンテナへの積み込みまで全てやってもらうので、料金は高いがその分最短で手配が出来た。 「では、引っ越し業者を待たせていますので」  桂はそう言って不動産屋を出ると、取り敢えず今日のホテルとして予約した部屋へ荷物を置きに寄ってから、退去するために長年亮介と住んでいた部屋へと戻った。
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