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「……あの、伊織……さん」
「何だよ?」
「その…………」
「ん?」
「……えっと……」
嬉しそうにしていた円香の声のトーンが急に少しだけ下がると、何か言いたそうにしているものの中々言葉を口にしない。
普段の伊織ならば、はっきりしない相手に時間を割く事など決してしないのだが、これもまた気まぐれからなのか円香が話すのを待っていた。
そして、
「……伊織さんに……会いたい……」
消え入りそうな声だけど、ようやく自分の思いを口にする事が出来た円香のその台詞を聞いた伊織の心は、深く動揺していた。
(何だこれ、会いたいとか、これまでも女に言われてきた言葉なのに、円香に言われると、心臓が騒がしくなる……)
「あ、ご、ごめんなさい……忙しいのに。今のは忘れてください! あの、忙しいかもしれませんが、きちんと食事をして、睡眠もとってくださいね。それじゃあ――」
円香はつい本音を口にしてしまい、失敗したと思っていた。
社会人と大学生じゃ忙しさが違うのだから、我がままなんて言ってはいけなかったと反省し、すぐに電話を切ろうとしたのだけど、
「――円香」
「は、はい?」
切る間際、突然名前を呼ばれた円香が返事をすると、
「明日、休みだろ? 今から泊まりに来いよ」
思ってもいなかった言葉が返ってきたので円香はすぐに返す事が出来ず、
「おい、円香?」
再度名前を呼ばれた事で我に返り、
「い、行きます! 行きたいです!!」
慌てて返事をした。
「マンションの最寄り駅分かるよな? 駅で待っててやるから、電車乗ったら知らせろよ」
「はい!」
こうして思いがけず会う事になった二人の表情には、それぞれ嬉しさが込み上げていた。
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