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(私が、結婚? 好きでもない人と、一緒にならなければいけないの? 私には、伊織さんがいるのに……)  衝撃的な展開についていけず、一瞬目が眩んだ円香。 「円香には悪いと思ってる。ただ、相手は江南 (えなみ)家と言って、しっかりした家柄だ。相手はこちらに婿養子として来てくれる訳だから私や母さんからすれば、お前を手放さなくて済むのは本当に嬉しいんだ。それに……近頃のお前には、何やら悪い虫が付いているようだからな……。私は心配なんだよ。分かってくれるな?」  しかも、どうやら伊織との事も気付いていると確信した円香は、いざその場に立たされると何も言えなくなってしまう。 「来月の初めに両家の顔合わせがある。そのつもりで居なさい」 「そんなっ、お父様!」 「話は終わりだ。部屋へ戻りなさい」 「嫌です! 私、そんな……」 「おい、誰か居ないのか?」 「はい、旦那様お呼びでしょうか?」 「円香を部屋まで連れて行ってくれ」 「お父様!!」 「かしこまりました。さあお嬢様、お部屋へ参りましょう」 「お父様! お願いですから、話を聞いて!」  結局、円香の父親は彼女の話に耳を傾ける事はなく、円香は家政婦によって強制的に部屋へ連れて行かれてしまうのだった。  翌日、大学へ送って貰った円香は入り口付近でバッグからスマホを取り出すと伊織に電話をかけるも、すぐに留守電に切り替わってしまう。 (伊織さん、やっぱり出ない……)  実は昨夜、父親から婚約の話を聞いた円香はすぐに伊織に電話を掛けたのだけど、既に繋がらない状態だったのだ。  そして、その代わりメッセージが届いていて、【暫く仕事が忙しくなるから会えそうにない。また連絡する】と記されていたのだが、 (伊織さんに会いたい……どうすればいいのか、教えて欲しい……)  いつになるか分からない連絡を待てる状況では無かった円香は今夜、直接伊織のマンションへ向かおうと決めた。  そして夜になり、マンションまでやって来た円香はそこで思いもよらぬ話を聞くことになる。  部屋の前までやって来て呼び鈴を鳴らすも応答がなく、暫くドアの前で待っていると隣人が通りがかり、声を掛けてきた。 「あの」 「は、はい?」 「そこの部屋の方、昼頃に引っ越して行きましたよ?」 「え? 引っ越した?」 「ええ、昼頃に荷物を運び出してましたから」 「そう、ですか……ありがとうございます」  突然の事に戸惑う円香は一階まで降りて管理人に尋ねてみると、やはり昼頃に伊織は引っ越して行ったと聞かされたのだ。 (引越しをするなんて、言ってなかったのに)  それならば直接事務所の方へ向かおう、思い立った円香はマンションを後にするとすぐに駅に向かって行き、そこからタクシーで伊織の会社である便利屋の事務所まで行くことにした。  それから数十分、近くでタクシーを降りた円香は事務所前まで辿り着く。  しかし、勢いでやって来たのはいいものの、前回ここへ来た時に伊織と険悪なムードになった事を思い出した円香は中へ入るのを躊躇していた。  けれど、このまま伊織からの連絡も無くて婚約者との顔合わせの日になってしまっても困ると思った円香は意を決してビルの中へ足を踏み入れていく。
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