詩無き吟遊詩人

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詩無き吟遊詩人

 其の老楽士は此処数日、古い屋敷に付随した噴水の脇に座っては夜な夜な名も知れぬ楽器を奏でていた。おそらく異国の民の楽器で在ろう其れは聴き慣れない割に何処か懐かしい音を発し、老楽士は歌うでもなくただただ切なげな調べを夜へと溶け込ませていた。其の旋律を聴く者は居ないだろうと思われたが、今宵は其の唯一の観客が屋敷の屋根から降り立った。 「何故お前は、毎夜其処で物語を奏でるのだ、楽士よ」  挨拶も無しに不遜に問うは、半ば廃墟と化した屋敷の唯一の住民。元は高価であったであろう服は着古され(ほつ)れていた。  一方で夜風に靡く髪は月明かりに照らされるとまるで金糸のようであり、其の髪が青年の輪郭の淡さを浮かび上がらせていた。其の様はまさに没落貴族の其れであった。  しかし彼の放つ語気は荒く、持ち前の尊大さを隠そうともしない。 「ほう、聴き手なぞもう疾うに滅んだものと思っておったがのう」
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