ララ・オルコット

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ララ・オルコット

 前回の依頼から二週間後。新たな依頼主がやってきた。  彼女は、ララ・オルコットだ。肩につかない長さに切り揃えられた、オレンジの髪。これを振り乱しながら、彼女はクロッツの扉を叩いた。  いや、叩いてはいない。庭の門をくぐったところで、彼女は倒れたのだ。  幸い、フィーネは庭で作業をしていて、すぐに気付くことができた。ドサッ、という物音を聞いてアーチ門の方を覗いてみれば、人が倒れていたのだ。  彼女は素早く駆け寄ってララをおぶると、クロッツの中へ入り彼女を座らせた。 「どうぞ」  そして、コップに水を汲んで渡す。  ララは無言でそれを受け取り飲み干した。その直後、少し回復したのか、早口で依頼を話し始めた。  フィーネが「もう少し休んでから」となだめても、収まる気配はなかった。 「時間がないんです! すぐに準備して欲しいものがあります!」  まとめると、ララはこれをフィーネに伝えたいようだった。彼女は非常に焦っていた。  フィーネは困ったように笑いながら「まずは席に座って、それからお話ししましょう」とララを案内した。  こうして、今に至る。 「ララさん、ご自分が亡くなったのはいつか分かりますか?」  ララを落ち着かせるためにも、フィーネはいつものように質問をしていく。ララはもどかしそうだ。 「一昨日です。死んで、どうしようどうしようってすごい悩んでたら、なんか、困ったことがあったらここに来れば良さそう! って思いましてですね」  ここで、フィーネは彼女の倒れた理由を察した。  ララは不眠不休で、ここまで走ってきたのだろう。霊体は疲労を感じないため、そのようなことも平気で行えるのだ。  しかし、クロッツへ入れば霊体は保護される。すなわち、仮の体を持つことができるのだ。それにより、それまでの疲労も感じてしまう、ということである。 「それで、ここに来たのですね?」 「はい。大正解でした。ここの中でなら、何にでも触れるんですから!」  ララは先ほどおかわりした、水の入ったコップを持ち上げてみせた。勢い良く上げたため、水が少しだけ彼女の手にかかる。  フィーネは持っていたハンカチを渡した。  ララは「あ、どうも」と軽く会釈をしながら、それを受け取り、手を拭いた。 「それで、準備して欲しいものとは何でしょう」  待ってました、とばかりに、ララはフィーネに顔を寄せた。ララの膝に乗っていたハンカチは、無情にも床にぽとりと落ちた。  フィーネは動じずにララの言葉を待つ。 「できるだけ早く、いえ、今すぐにでも! 編み棒と毛糸の準備をお願いしたいのです!」 「へっ?」  拍子抜けし、フィーネの目が点になった。 「…………あ、編み物をしたい、ということですか?」 「はい。編み物をしたいです」  ララは顔を離しながら、当然のように話し続ける。 「……え、えっと、では、理由をお聞かせいただけますか?」 「はい。私には息子がいて、もうすぐ誕生日なんですよ。それで毎年手編みの物を送ってまして、でも今年は作る前にポックリいっちゃってですね……。あ、病気で死んだので、最後の挨拶はしました。だから、会うとかはなくていいんで、私がプレゼントを作って、あなたに届けて欲しいんです」  彼女の中には、しっかりとした理由が存在していた。 「お会いにならなくてよろしいのですか?」 「はい。最後ちゃんと別れられたから良いんです」  本心で言っているようだ。彼女の心残りは、『渡せなかったプレゼント』、これだけなのだろう。 「息子が大人になっても使えるように、長めのマフラーを送りたいなって思ってたんですけど、病気で思うように手が動かなくて諦めました。でも、どうにも諦めきれてなかったようで」  頭を掻きながら「ははは」と乾いた笑みを浮かべている。 「息子さんのお誕生日はいつなんですか?」 「明日です」 「え?」  フィーネの目はまたもや点になった。 「明日です。だから、急がないと!」  彼女がこんなにも焦っていたわけを、フィーネはようやく理解した。  すぐに立ち上がり、準備を始める。 「買ってきます。何が必要ですか?」 「私も行きますよ」  ララも立ち上がる。しかし、フィーネはそれを手で制止した。 「いえ、ここにいて下さい。クロッツを出てしまえば、私はあなたが何を言っているのか、分からなくなります」 「はっ! そうでした!」  ララは自分が行っても何もできないと気付き、椅子に勢い良く腰かける。 「では何か書くものを下さい!」  フィーネは紙とペンを用意し、ララに手渡した。フィーネが準備する間、彼女はスラスラと文字を書いている。  この国の識字率は高くない。貴族なら書けることが当たり前である。が、平民であれば読めるが書けない、という者が多いだろう。それほどまでに、貴族とそれ以外には格差があるのだ。 「私は運良く両親が書ける人でして。息子にも教えたかったんですけどね。旦那は書けないので無理かなー」  フィーネの準備が終わったところで、ララもそれまで走らせていたペンを止める。 「これが買って来て欲しいものです。アグロスという町で買えます。よろしくお願いします」 「ありがとうございます。では行ってきます。一階は自由にして大丈夫ですので、ごゆっくり」  フィーネは玄関から出ると、フードを被る。  そして、家から見えないところまで走った。幸い、アグロスには箱を設置してあったため、町の市場へゲートを繋いで向かった。 (急いでいるのに町指定、ね……)  もし箱を設置していなかったら、ゲラーデに助けを求めるところだった、とフィーネは遠い目をした。
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